歴史と新しさがつくりだす「和」の風情
今から約400年前、織田信長から領地を与えられた豊臣秀吉が、近江・小谷城からこの地に城を移し、長浜城を築いたことが長浜市の始まり。築城を機に、地名も今浜から長浜に改められた。
以降長浜は、琵琶湖を望む立地を生かし、江戸時代には松原(彦根)や米原とともに彦根三湊の一つとして栄え、近畿と東海、北陸を結ぶ交通の要としても重要な役割を担ってきた。現在の人口は約12万。平成22年の合併でその数は2倍になり、面積も県下一となった。戦国時代からの面影を残す城下町には、週末になると若者や家族連れなど市内外から多くの人が訪れる。来街者数は年間約200万人。〝和〟を感じられる風情が人気を呼んでいる理由の一つだ。
商店街には、古い町屋を生かしたカフェや雑貨屋などさまざまなお店が並び、中には宿泊施設や、国内唯一のバイオ系単科大学「長浜バイオ大学」のキャンパスもある。歴史をつなぎながら新しい魅力づくりに取り組んでいるのが長浜のまちづくりの特徴だ。
「まちづくりは人が集まらないと始まりません」と語る長浜商工会議所の大塚敬一郎会頭。昭和58年に長浜城を市民の力で再興し、地域の人のまちづくりが本格化したという。現在のにぎやかさからは想像もできないが、「人の数より犬の方が多いと言われたほど寂しいときもありました。城が復元されて観光客も増えていき、市民の力でまちづくりを成功させたまちなのです」と大塚会頭は振り返る。
市民の力で 取り戻したまちのにぎわい
「黒壁なしには長浜を語れません」と話すのは、長浜商工会議所の桐山輝雄専務理事だ。昭和62年、明治33年に建てられ〝黒壁銀行〟の愛称で親しまれてきた建物の売却が決まり、取り壊されることになった。市のランドマークである大切な建物を守ろうと市民は反対。建物の保存を求める動きが高まり、市が4000万円、民間が9000万円を出資し、株式会社黒壁が設立された。こうして守られた建物は〝黒壁〟の愛称で、今も地元の人や観光客に愛されている。
黒壁の初代社長・長谷定雄さんは「にぎわいのあるまちにはガラスがある」と、世界を巡ってきた経験を生かし、ガラス館・ガラス工房・レストランの3店舗で営業をスタート。平成14年6月には、長浜商工会議所の元会頭で、現在は黒壁の代表取締役会長を務める髙橋政之さんが社長に就任し、徐々に店舗数を増やした。今は直営館とグループ館含め約30館となり、一体を「黒壁スクエア」と呼んでいる。
〝黒壁〟が迎えている挑戦
オープンから25年がたち、大きな転換期を迎えている〝黒壁〟。「多様化する観光客の趣向に対応できるよう、さまざまな受け皿をつくっていかなければなりません。そこで、ガラス以外の素材も多く取り入れました」と話すのは、黒壁経営企画室の手崎俊之さんだ。今回、直営店10店をリニューアルオープン。ガラス製品を買い手のニーズに応じて価格別で展示・販売したり、県内の品を取りそろえた土産品ショップをつくったり、美術館として使っていた江戸末期の町屋をレストランに改装したりと、斬新なアイデアが満載だ。購入するだけでなく、自分でガラス製品をつくることができる「黒壁体験教室」も設置し、柱となるガラスを残しながら、今後は「サービス」や「体験」の提供に力を注いでいきたいという。
「時間の使い方に価値を置く人が増えています。多くの人に楽しんでいただける空間や時間を開発していきたいですね」と語る手崎さん。目標は、〝老舗第3セクター〟になることだという。「『企業30年』といいますが、今年は踏ん張りどころ。頑張ってほしいですね」と大塚会頭もエールを送っている。
古い町屋を活用して中心市街地に住んでもらう
黒壁とともにまちづくりに力を入れているのが、21年に誕生した第3セクター・長浜まちづくり会社だ。中心市街地のトータルマネジメントを務め、市の中心市街地活性化基本計画に基づき、伝統ある町屋の保存活用などに力を入れてきた。まちづくり会社の取り組みは、第3回「まちづくり法人国土交通大臣表彰」の「まちの活性化・魅力創出部門」で「国土交通大臣賞」を受賞した。
「私たちのまちづくりは、行政中心ではなく、民間が主体となっていることが特徴です」と話すまちづくり会社の吉井茂人さんは「まちなか居住」に力を入れている。20年に約200軒あった中心市街地の空き家・空き店舗は、そのうち約90軒が吉井さんたちの努力で住居や宿泊施設などに活用されている。
「最近ではシェアハウスや、家族向けに空き家を改造することもあります。外国人や、長浜の祭りが好きな人、この地で新事業に挑戦したいという女性、さらには、大学生など、長浜での生活を希望する市外の人も多く入居しています」。空き家の見学会は市内外から約100人が訪れるほど好評で、古い建物を生かしたまちの魅力に多くの人が関心を寄せているという。
JR長浜駅前の再開発が進み、今年度には新しい施設も完成予定だ。そんな中、新たな課題に直面している。「中心市街地の居住人口は、以前の1万5000から9900にまで減り、その約3割を高齢者が占めています。郊外施設の影響もあり、地元の若い人たちはなかなか中心市街地に足を運ばなくなっています。これからは、観光客以上に地元の人にまちなかに来てもらう仕組みづくりが欠かせないのです」と語る吉井さん。ターゲットを絞った魅力をつくり、地域住民のニーズに応えることが大切だと話す。〝商店街の周りに人が住む〟仕組みをつくりながら、それを担うプレーヤーも育てていかなければならない。「能力があるのに発揮できる場所がない若者が多くいます。創作活動をしている人に声を掛け、商店街のイベントを企画してもらっています。今後も地域の人を巻き込みながら自分たちでまちをつくっていきたいですね」と意気込んでいる。
戦国時代から続く さまざまな伝統行事
長浜は年中イベントが多く、地元の人が最も力を注いているのが、400年の歴史を誇る長浜八幡宮の春の祭礼「長浜曳山まつり」だ。
男子の誕生をよろこんだ秀吉が町人に砂金を振る舞い、その砂金を元手に曳山をつくった町人らが長浜八幡宮の祭りで曳き回したことが発祥といわれている。豪華絢爛な曳山は現在13基存在し、その上で演じられる子ども歌舞伎には大人も見とれてしまう。毎年4月に約1週間行われるが、その間は仕事よりもまつりを優先する人もいるほど。「ヨイサァヨイサァ」と力強い声がまち中に響きわたる。
曳山は、普段は「曳山博物館」に保管され、常時展示されている。「地区ごとに持つ大切な曳山をケアする『修理ドック』と呼ばれる職人もいるんですよ」と話す桐山専務。「400年続く祭りをなくさないために、後継者を育てていくことが大切です」。
また、秋の「長浜出世まつり」では、市内外から訪れる1000人もの女性が着物でまちなかを練り歩く「長浜きもの大園遊会」が大人気。普段はなかなか着物で出掛ける機会がない人も、この日は幼い子どもから年配の女性まで、華やかな着物に身を包む。着物姿の女性たちを一目見ようと、多くの観光客やカメラを手に持つ人など約1万人でにぎわう。今年は、出世まつりの開催に合わせて長浜商工会議所青年部による「街コン」も実施予定。初の試みで、水陸両用のバスに乗る「ダックツアー」を企画中だ。「和装ですてきな相手を見つけていただければ」と担当の村田耕平さんも楽しみにしている。
今年6月に初開催した「近世城下町ふるさとまつり」では、戦国時代を思わせるイベントが目白押し。「長篠の戦い」や「大坂冬の陣・夏の陣」で活躍した功績を持つ国友鉄砲隊による演武や武者行列が来街者を喜ばせた。まつりには、鉄砲伝来の地で長浜の姉妹都市である西之表市(鹿児島県・種子島)をはじめ、彦根市、堺市(大阪府)など、各地から火縄銃の使い手が長浜に集結。長浜城で迫力ある演武を披露し、鳴り響く銃声に観客からは大きな驚きと拍手が湧き起こった。武者行列では豊臣秀吉公に扮した藤井勇治長浜市長らがまちなかをパレードし、地元の人や観光客と交流を深めた。
数々の名所が残る 宿場町・木之本
さまざまな場面で戦国の名残が感じられる長浜。中心市街地を走る北国街道を福井方面に行くと、旅人や武将が通った宿場町として栄えた木之本町に辿り着く。北大路魯山人が手掛けた看板がある、清酒「七本鎗」の蔵元「冨田酒造」をはじめ、480年以上の歴史を持つ酒づくりの老舗「山路酒造」や、日本薬剤師第1号の免許を取得した「旧本陣(本陣薬局)」など数々の名所が存在。現在放送中のNHK大河ドラマ「軍師官兵衛」の主人公である黒田官兵衛の祖先・黒田氏の出身地でもあり、木之本エリアの観光客も増大している。22年の大河ドラマ「江〜姫たちの戦国〜」の舞台にもなり、多くの歴史資源を持つのも魅力だ。「次は石田三成のドラマ化を狙っています」と桐山専務は笑顔を見せる。
木之本は生糸づくりが盛んで、古くから邦楽器の弦の国内生産を一手に行ってきた。明治41年に創業し、三味線や琴の弦を製造している丸三ハシモト代表取締役会長の橋本圭祐さんは、中国の音楽家からの依頼で伝統楽器・古琴の弦を2年かけて完成させた。それまでスチールでつくられていた弦の音色を良いものにするため、中国と日本を行き来してつくり上げたという。
生糸で弦づくりを行うのは今や国内では3軒ほどしかなく、繭をつくる人を増やさなければと今後を懸念しながらも、「邦楽を盛り上げて世界に通じる伝統工芸品をつくりたいですね」と橋本さんは大きな目標を語る。
「帰りたくなる」魅力をつくる
「商工会議所はリーダーとなってまちづくりに取り組んでいかなければいけません。問題点を探し出し、起爆剤になるよう地域に波を起こしていきたいですね」と話す大塚会頭。将来、孫の世代が「帰ってきたい」と思うまちをつくりたいと未来像を語る。
リピーターも多く訪れる長浜には、一度訪れると「帰りたい」と思わせる魅力づくりに力を注ぐまちの人たちの努力がある。
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