他社がまねできない独自の技術や培ってきたサービスにより時代や顧客のニーズに応えることで新たな需要を獲得し、大きく業績を伸ばしている会社がある。自社の技術やサービスを高付加価値の商品に変えて、現状を打破していった企業の戦略に迫る。
事例1 ワイナリー巡りという付加価値により新たなタクシー需要を掘り起こす
日の出交通(北海道岩見沢市)
北海道岩見沢市のタクシー会社・日の出交通は、タクシーに求められている二次交通(空港や駅と観光地を結ぶ交通)の役割に「ワイナリー巡り」という付加価値をプラスし成功した。地元の観光資源を見直してPRし、国内外の観光客を呼び込む試みだ。
キャッシュレス化などハード面でいち早く対応
日の出交通には、レモンイエローに塗られた16台のタクシーがあり、市民から「黄色いタクシー」として親しまれている。
社長の中路幹雄さんが先代の急逝により代表取締役に就任したのは1982年。札幌市内のタクシー会社での修業を終えて、同社に戻って半年が経過したころだった。
「まだ28歳だったので現場に出てタクシーを運転しながら、経営を学んでいきました。やがてバブルがはじけて景気が悪化したため、少しでもお客さまにアピールする方法をいろいろ考えました」
岩見沢商工会議所や岩見沢市観光協会の事業に積極的に参画して情報を収集する一方、タクシーの白色に赤ラインの車体を、レモンイエローに塗り替えて目立たせる工夫もした。
2人の息子が入社してからは「若い人の豊かな発想」を存分に生かして、市の特産品であるもち米にまつわる祭り「いわみざわ百餅(ひゃっぺい)祭り」のステッカーや幼稚園児が描いた絵をボディーに貼ってまちのPRに努めたり、無料の直通電話をスーパーや病院などに設置したりしてタクシーの利便性を高めた。市と防災協定を結んで災害時の障がい者支援の体制も整えた。
キャッシュレス化にもいち早く対応した。クレジットカード、交通系を含む各電子マネー、QRコード決済が使えるため、「黄色いタクシーなら現金を持たずに乗れる」と認知されるようになっていった。
「岩見沢はJR北海道の函館本線と室蘭本線の終点になるため、寝込んで乗り越したお客さまがタクシーを使って帰宅します。手持ちの現金が少なくてもカードや電子マネーで運賃を払えるので重宝されています。決済手数料と通信料がかかるのですが、キャッシュレス決済比率は徐々に高まっているので導入して良かったと思っています」
地元の人たちは、ほとんどの家に車があるため、主なお客さまは病院などへ通う高齢者だ。特に家族総出で田畑に出てしまう農繁期には送迎できず、タクシーが重宝されている。夜の遅い時間帯は飲食店のお客さまや従業員が対象になるが、「運転代行を使って帰宅するようになり、タクシー利用は減ってしまいました」。
近隣に障がい者福祉サービスを提供する福祉村があり、一時期は障がいを持つ人たちの送迎にも力を入れていたが、一般に介護タクシー、福祉タクシーと呼ばれるタクシーサービスが普及し、一部の介護タクシーには介護保険が適用されるようになったことから、「本業のタクシーに集中することにしました。ただ車椅子での移動を希望されるお客さまに対応するため、福祉タクシーの営業は続けています」。
人口減少も伴って、長期的には地元住民のタクシー利用は減っていくだろう。ハード面を工夫して利便性という付加価値を高め、自社のタクシーを指名してもらうことは重要ではあるが、会社の成長、ひいては地元経済の活性化を目指すのであれば、観光客のような地元以外の利用者を獲得するソフト面の仕掛けが必要だ。
ソフト面は観光資源生かしワインツーリズムを企画
そこで発案されたのが「そらちワインタクシー」という企画だ。岩見沢を含めた空知エリアには地元の人が気付いていない観光資源がたくさんある。その最大のものが10カ所近くあるワイナリーやヴィンヤード(ブドウ園)の存在だった。岩見沢市観光協会に大手旅行会社でマーケティングやブランディングに携わっていた人材が加わったことをきっかけに、「観光タクシーを使ったツアー」のアイデアが生まれ、空知エリアのワインや食、文化を楽しむ「ワインツーリズム」へ発展していった。
2016年度から、北海道観光振興機構の助成金を得て「そらちワインタクシー・モニターツアー」がスタートした。試行錯誤した16年度の結果を踏まえて、17年度は貸し切り時間や価格の見直し、モデルルートの設定などを行ってツアー内容の充実を図っていった。
19年度は北海道観光振興機構インバウンド推進地域開発事業として実施。期間は7月6日から10月31日までとして、同社が予約を受け付け、同社を含む岩見沢地区ハイヤー協会がワインタクシーを運行した。料金は4時間コースで1台1万円(税込)、6時間コースで1万5000円(税込)。個人で4時間タクシーを貸し切った場合の目安料金は1台2万2000円なので、かなりお得だ(差額は機構が補填する)。
約4カ月間の運行本数(前日までの予約制)は4時間コースで40台(組)、6時間コースで60台(組)。つまり期間中は合計100台のワインタクシーが稼働したわけだ。
「女性の2人旅のお客さまは、朝のうちに旭山動物園を見学して、JRで旭川駅から岩見沢駅まで移動し、予約していた4時間コースを利用してワイナリーを巡り、ワインや食事を楽しんだそうです。お客さまの観光の幅が広がった印象です」
4時間コースでは10本、6時間コースでは7本のモデルコースを設定しているが、「お客さまの方で下調べをして、このルートで無理はないか、お勧めのスポットはほかにあるかなどと相談されるケースも増えていて、タクシーに対する新たな需要が生まれているという手応えを感じています」。
6時間コースの一例を挙げると、岩見沢市内を出発して山﨑ワイナリー→TAKIZAWAワイナリーを回り、キジ料理の昼食をとり、宝水ワイナリーを見てからティータイム、その後バラ園を訪問後市内に戻るというコースが組まれている。三つのワイナリーを訪問し、名物料理を味わえる。
4時間コースでは時間の制約から1、2カ所のワイナリー巡りが中心になる。とはいえ、食事を省いてでもワイナリーを巡りたいという要望にも応えられるよう3ワイナリーを組み込んだコースも用意するなど、バラエティーに富んだコースを用意している。
外国人観光客には身振り手振りで接客も
同社が生み出した付加価値額は単独では算出が難しいが、18年に経済産業省地域経済産業グループが作成した「地域未来投資促進政策について」に記載された「北海道新観光ルート創出事業~新千歳空港から至近の食・ワインリゾートの発信~」によると、3年で「外国人観光客数約2万3000人増、付加価値額8600万円増を目指す」とある。
実現するためには「岩見沢市・空知地域を舞台に、コンシェルジュ機能を持つ同社と地域の中核観光拠点である宝水ワイナリーが核となり、域内に点在する観光資源を観光タクシーで結ぶ新たな観光ルートの創出を目指す」ことが必要だが、4年が経過したワインタクシーは、すでに観光ルートの創出に大きく貢献している。「まちを盛り上げたい」という中路社長の思いは、着実に成果を上げているといえる。
ワインタクシーとしての課題は、広域から誘客を図ること(現状は約8割が道内からの観光客)、助成金が使えるモニターツアーという枠がなくなった場合の料金設定、炭鉱遺産のような強力な観光資源のさらなる掘り起こしなどが考えられる。
同社としての課題は運転手の教育や意識改革、外国人対応だ。
「地元の自分たちには珍しくない景色や食材であっても、観光客にとっては新鮮な観光資源になると思われることをお伝えしています。ガイド的なことは運転手の仕事ではありませんが、自主的に勉強してお客さまに接する人も増えました」
外国語が話せなくても外国人客とは身振り手振りでやりとりができるよう専門知識を持った講師を招いたセミナーを開き、サービスの底上げも図っている。
5年目に入る20年には、東京オリンピックのマラソン・競歩競技が札幌市で開催される。札幌から日帰り圏内にあるワインタクシーを国内外にPRする絶好の機会となり、さらなる需要増が見込めることから、地元にもたらす付加価値効果は一層高まりそうだ。
会社データ
社名:日の出交通株式会社(ひのでこうつう)
所在地:北海道岩見沢市大和2条9丁目19番地5
電話:0126-25-2121
代表者:中路幹雄 代表取締役社長
従業員:49人
※月刊石垣2019年12月号に掲載された記事です。
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