まかり通る大きな誤解
東日本大震災の直後、反原発の立場のジャーナリスト、国会議員、テレビタレント、大学の教員など多くの人たちが「原発が全てなくても日本の電力供給には不安がない」と主張していた。その根拠は、夏場の最大電力需要よりも、原発を除く発電設備量の方が多いということだった。
この主張は明らかな間違いだ。例えば、全水力発電所の稼働率は平均すると年間20%に届かず、設備能力の5分の1以下しか利用できない。渇水期の夏場に設備能力の100%で発電することは不可能だ。設備能力と発電電力量はいつも同じと誤解した誰かが言い出した説を、電力の知識がない多くの人が真に受け、二番煎じで語った。節電を前提にしても、夏場の電力供給が十分ではなく綱渡り状態になることが分かるにつれて、原発がなくても大丈夫と主張する人は減っていった。
電気の話は難しいという例だが、相変わらずいい加減な話をする人が多くいる。一部の人は、「再生エネルギーの利用で脱原発は可能」と主張するためには、嘘も方便でデタラメな数字を並べても許されると考えている節がある。政策を学んでいるはずの国会議員の中にも、再生エネルギーについてかなり大きな誤解をしている人がいる。
根拠の数字がない誤った主張
「再エネ推進で脱原発は可能」という主張を繰り返し聞く。このような主張をする人は発電コストには触れず、話を進めることが多い。また、説明の多くの部分には、数字を見れば間違いが分かるからか、数字がない。その説明に欠落している数字を埋めると、全く違うストーリーが見えてくる。
例えば「ドイツでは再エネによる発電比率が20%を超え、過去最大の電力の輸出超過になっている。『フランスの原発の電力があるから脱原発ができる』と言ったらドイツ人に怒られる」との主張がある。
ドイツでは東日本大震災以降に建設時期の古い8基の原発を停止した。残りは2021年から22年まで使用される予定で、依然として9基の原発が稼働しているので、まだ脱原発はできていない。8基の原発が停止しても、他の電源の発電量が増えていれば輸出数量は増える。しかし、「輸出ができるほどだから、フランスからの輸入はなくても大丈夫」とは言えない。
13年1~9月のドイツ・フランス間の電力輸出入量は(図)のとおりであり、フランスとの間ではドイツの大きな輸入超だ。なぜだろうか。再エネでの発電が増え、余剰電力を輸出するほどであればフランスから電力輸入を行う必要はないはずだが、ドイツには毎月フランスからの電力輸入を止められない事情がある。
仏の原発に依存する独
最近ドイツの電力輸出が増えているのは再エネからの発電量が増えているからだが、それでも、フランスからの電力輸入は止められない。再エネの発電と電力需要のタイミングが一致しないのが原因だ。ドイツでは冬場を中心に風力の発電量が増える。風は夜間に強く吹くことが多いが、夜間には電力需要はない。一方、電力需要の高い昼間に発電できるとは限らない。風が吹かなければ、どこかから電気が供給されない限り停電する。
さらに問題はある。風力発電は風の強い北部バルト海、北海沿岸に多いが、電力需要地は南部にある。南部には停止した原発のうち5基が電力供給を行っていた。このため、北部から南部に通じる送電線の能力は大きくなく、不足している。約20兆円かけて送電線を敷設する計画はあるが、地主の反対が強く、用地買収が全く進んでいない。北部で発電しても南部の需要地には届かないので、南部は隣接するフランスから電力供給を受けるほかない。
再エネの中でも風力、太陽光は不安定な電源だ。電力の需要に合わせ発電ができる訳がない。結局、発電できないときには、どこかから安定的な電力を持ってくるしかない。
ドイツ南部の安定的な電力供給源は原発中心のフランスだ。フランスの電気がなければ、ドイツは停電する。「フランスの電力供給に依存している」と言われてもドイツ人は怒らない。
固定価格買い取り制度により導入が進んだドイツの再エネは、電力価格面でも問題を引き起こしている。
不要な電気をつくり価格は下落
電気料金についてこう主張する人がいる。「ドイツの輸出時の電力平均価格は輸入価格を上回る。ドイツは日中のピーク時に燃料費がかからない太陽光発電量を増やしている。周辺国は自前の発電を止めて、ドイツから電力を輸入したほうが得。燃料費がかからない太陽光の電気は得だから、周辺国は自前の発電機を止めてドイツから電気を買っている」というものだが、これも間違いだ。
太陽光発電の電気は設備費がかかるのでコストは高い。日本では各方面の陳情活動の結果、高額に買値が設定された固定価格買い取り制度のもと、消費者が差額を負担しているが、ドイツでも同じだ。電気に色は付いてないので、何で発電された電気か買う人には分からない。市場で取引されるときには需給関係で電力価格が決まるだけだ。
周辺国は自前の発電設備を止めて、ドイツから電気を輸入することがある。それはドイツから輸出される電力価格が極端に安くなるときだ。なぜ、そんなことが起こるのだろうか。再エネに燃料費がかからないからではない。再エネの性質に原因がある。 再エネは需要がないときにも発電してしまう。水力や火力発電の出力を絞り供給を落としても、優先接続が認められている再エネ発電を切り離すことはできない。電気は余っても捨てられない。そうすると余っている電気の価格はどこまでも下がっていく。
13年10月3日ドイツ統一記念日の祝日は晴天で風が強い日だった。正午には59・1%の電気が太陽光と風力から供給される事態になった。しかし、秋の祝日で、冷暖房需要もないし、産業用の需要もない日だ。何が起こったかといえば、電力市場価格が1kw時当たり2・75ユーロセント(4円弱)に落ち込んでしまった。
なぜ、こんなレベルまで落ち込むのだろうか。電気を買う周辺国も自前の発電設備を持っている。発電設備を止めても固定費は掛かる。急に従業員を自宅に帰すわけにもいかない。結局、設備を止めるコストを考えると、このレベルの価格でないと電力を買う人はいなかったのだ。再エネが需給環境を悪化させ電力市場を異常な状況にしているという話であり、再エネの電気は燃料費が不要で安いという話ではない。12年には、風の強い夜間を中心に電力価格がマイナスになった(お金を払って電気を差し上げる)時間が70時間あったとも報道されている。
バックアップなく停電の恐れも
固定価格買い取り制度で高く買った再エネの電気が、極端な安値でしか売れないとなると、その差を誰かが負担することになる。当然、需要家の負担だ。今、欧州で最も家庭用電気料金が高い国はデンマークだ。1kwh当たり30ユーロセント(42円)にもなっている。 ドイツの家庭用電気料金も欧州3位で28・5ユーロセント(40円)だ。経済大臣に就任したドイツ社会民主党のジグマール・ガブリエル党首ですら、「コストの高い再エネはドイツの産業界にとって脅威」と述べるほどの事態だ。
この理由の一つに風力を主体に再エネによる発電の比率が上がっていることがある。デンマークの発電量と電力の輸出、輸入量は(表‐1)の通りだ。発電量の3分の1を輸出し、ほぼ同量を輸入している。輸出入を止めればよさそうなものだが、止められない。それは、需要のない夜間に風力発電量が多く、ノルウェーなどに安く輸出せざるを得ないからだ。一方、風が吹かないときに電力が必要ならば高くても輸入せざるを得ない。その差額は需要家負担になり、電気料金をさらに押し上げる。デンマークの電気料金が世界一高くなる理由だ。
再エネが電気料金を押し上げる理由はこれだけではない。13年の10月に欧州の主要電力会社10社の首脳が欧州委員会に対し、再エネに対する補助金を全て廃止するように要請した。
その理由は補助金により不安定な再エネからの発電が増えているために、再エネからの発電がないときにバックアップする天然ガス火力発電の稼働率が低下し、維持が難しくなっていることにある。ガス火力の維持ができなければ、再エネからの発電が途切れたときに電力を供給する手段がなくなり停電の可能性が高まる。すでに5100万kwのガス火力設備が閉鎖された欧州を大寒波が襲えば停電が発生する懸念があると、電力会社首脳は警告している。
バックアップ電源のコストも稼働率低下により上昇しており、これも電気料金の上昇を引き起こす。結局、再エネの導入には発電の安定化が欠かせず、そのためには、揚水などの大型蓄電装置の導入と、充電池のコストダウンの研究が欠かせないが、再エネが価格競争力を持つには、まだ相当時間がかかりそうだ。
回避可能費用の計算方法への言いがかり
固定価格買い取り制度についても大きな誤解がある。最近、話題になっているのは回避可能費用が低すぎるというものである。
電気料金を通し消費者が支払う再エネの負担金は、再エネの買い取り価格から回避可能費用と呼ばれる電力会社が節約できる発電コストを引いて計算される。今、回避可能費用には全電源平均コストが利用されているが、再エネから発電があれば、電力会社はコストの高い火力からまず止めるはずだから、火力発電のコストをその計算根拠に使うべきとの主張である。自然エネルギー財団などが主張し、一見もっともらしいので、多くのマスコミが取り上げているが、この主張は間違いだ。
例えば、自然エネルギー財団の資料には石油火力あるいは卸電力のコストを計算に使用すべきと書いてある。全電源平均運転単価約8円との比較で、石油火力も卸電力も16円前後としている。
まず、再エネが発電するときに電力会社が石油火力を運転、あるいは卸電力を購入していることがこの計算の前提だが、そんな状況はほとんどない。23年度の卸電力の取引量は0・5%しかない。震災前の石油火力、LNG火力、石炭火力の利用率は(表‐2)の通りだ。
現在、原発が止まり石油火力の稼働率が上昇しているが、再エネの買い取り期間のうちに原発が再稼働するので、長い目で見れば石油火力の稼働率は震災前に戻り下がるだろう。そうであれば、再エネが発電するときに電力会社が止める発電所は石油火力になる可能性は少ない。LNG火力も動いていないかもしれず、石炭火力あるいは水力を止めることすら想定される。
1kw時当たりの燃料代は石油で14~15円、LNGで8~9円、石炭で3~4円だ。電力会社は燃料代を節約できるが、停止している間にも固定費は発生しており、その分のコストは必要だから燃料代を全額節約できる訳ではない。
となると、実際に節約できる金額は自然エネルギー財団が計算する石油火力のコストの半分もあれば良い方だろう。全電源平均の方が実態に近い数字だ。
再エネ推進に必要な原発の電気
米国のオバマ大統領が、1月に再エネ支援を打ち出した。2020年までに太陽光と風力による発電を倍増させる計画だ。この背景にあるのは、シェール革命により競争力を付けたエネルギー・電力価格だ。低廉な価格で大量のエネルギーがあるからコストが高い再エネを受け入れることが可能なのだ。
再エネが導入されると火力発電の稼働率も落ちるため、欧州で問題になっているように火力発電のコストも上昇する。コストの高い再エネを導入するためには、多少の再エネではビクともしない米国のように競争力のある電源が必要なのだ。
化石燃料を輸入している日本は、米国並みの火力発電のコストは望むべくもない。結局、再エネによる発電の安定化が安くできるまでは、安定的に競争力のある価格で発電できる原発の電気がなければ、再エネの導入は難しいということだ。
再エネと脱原発は両立しない。脱原発を主張するのであれば、電力料金の大幅上昇につながる再エネ推進を諦める方が筋が通っている。
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