ここ数年、商工会議所や観光協会などによる「世界記録をつくってまちを売り出せ!」といった企画が目白押しだ。とはいえ、地域と関係のない世界一では、まちおこしにはつながらない。そこで、「世界一」を達成した商工会議所の地域おこし戦略に迫った。
事例1 世界記録樹立の芋煮会が地域活性化の原動力に
山形商工会議所(山形県山形市)
平成元年に当たる1989年、山形商工会議所青年部が始めた「日本一の芋煮会フェスティバル」が、平成最後の第30回(2018年9月16日開催)を機にギネス世界記録に挑戦、世界一に認定された。山形名物の日本一の芋煮会(※)は、「令和」という新しい時代も、まちおこしの原動力として山形市をけん引していく。
日本一の芋煮会から世界一の芋煮会へ
日本一の芋煮会フェスティバルがギネス世界記録に認定されたのは「8時間で最も多く提供されたスープ」(標準記録5000人)という記録。第30回の芋煮会開催に向け、クラウドファンディングなどで資金を集めて日本一の大きさといわれる大鍋(直径6・5m)を新調した。これを使ってつくった芋煮を、9時30分から14時までの4時間30分の間に1万2695人が受け取り、完食し、世界記録を樹立した。
山形市のケースで特徴的なのは、開催回数30回を数える日本一の芋煮会フェスティバルというまちおこしに貢献する強力なコンテンツが先に存在しており、ギネス世界記録は“補強材”の一つであったという点だ。
芋煮会の始まりは、「山口県下関市の大鍋を使った『下関ふくの日まつり』のチラシを見た先輩方が、地域を盛り上げるイベントとして自分たちにもできることはないかと考えたことでした。山形の秋の風物詩といえば芋煮会という、自然な発想でした」と、山形商工会議所青年部2018年度会長の庄司信彦さんは振り返る。
イベントが発案された1988年当初は大鍋一つで煮る芋煮会と小鍋100個で煮る芋煮会の2案があった。鍋から製作する大鍋案より、小鍋100個の方が予算面も含めて実現が容易だったが、それでは地域を盛り上げるイベントとしての迫力に欠けるという結論になった。そこで長い歴史のある鋳物技術を生かして直径5・63m、高さ1・5mの鍋(初代鍋太郎)を製作、食材も砂糖を除き全て地場産にこだわったと、実行委員長の高橋正さんは言う。「里芋3t、牛肉1・2t、こんにゃく3500枚、ねぎ3500本のほか、味付けのしょうゆ、日本酒、水まで全て地場産です。当初は地場にない砂糖までつくろうとしたらしいのですが、それは無理でした」。地場産にこだわったことで、まちおこしイベントとして大きな効果を発揮した。山形にはサクランボのほかにも豊かな食材があることを全国に知らしめることができたからだ。
鍋料理には調理に使う「お玉」が欠かせないが、ここでは建設機械の油圧ショベル(バックホー)が活躍している。衛生面に配慮して、メーカーや地元企業の協力を得て新車を用意、可動部分の潤滑油は洗い流しバターなどで代用している。
市民の資金で製作した三代目鍋太郎が日本一を奪還
初代鍋太郎は89年から91年まで使用、直径6m・高さ1・65mの二代目鍋太郎は92年から2017年まで使われた。二代目は長寿だったが、日本一の大鍋の座はよそに奪われてしまった。しかし芋煮会は国内でも有数のイベントとして定着していたことから、あえて奪還を狙うつもりはなかったのだが、定例検査で二代目にヒビが見つかったことから、(鍋を移動させることができる限界幅の)直径6・5m、高さ1・65mの日本一の大きさの三代目鍋太郎の製作を決断。クラウドファンディングによって約3000万円の資金を調達した。
芋煮会は年一回、敬老の日の前日に開催される。山形・宮城県内からの来場者が50%、それに東北・関東圏を加えると80%、残り20%は全国各地から来場している。この人気イベントを支えているのが商工会議所青年部のメンバーだ。
「青年部には100人が在籍していますが、半数の50人が芋煮会委員のため、残りの50人で三つの委員会を運営しています。ありがたいですね」と高橋さん。
庄司さんはイベントに関わって驚いたことがあったという。
「普段私たちは青年部という組織の一員として動いていますが、イベントではそれぞれが持つ能力をフルに発揮して働いている。例えば、会場づくりやバックホーの操作には建設業のノウハウが生かされているわけです。それらは商工会議所内で接している限り目にすることはありませんから、みんなすごいと目を見張りました」
芋煮会はまちおこしに役立つ一方で、青年部メンバーの結束を強める役割も果たしている。
厳しい制約が課せられた中で英知を結集して達成
ギネス世界記録挑戦は、第30回、平成最後の開催という節目に企画された。「テーマは日本一から世界一へ、でした。鍋の大きさが日本一になっても運営には直接影響を与えることはないのですが、ギネス世界記録に認定されるための条件が運営上の制約となりました」
例えば食品ロスは許されないという条件があるが、それには鍋の底に残った汁も含まれていた。そのため量の調整にも苦労した。芋煮の配食にも厳しい条件が課せられた。ギネス世界記録の認定は量ではなく、何人に配食したかで数えるため、1人で複数人分(例えば混雑を避けて行列の外で待つ妻子の分)を頼んでも1人とカウントされてしまう。芋煮会で用意する芋煮の量は3万食が目安となっている。
「そうはいっても足りないと来ていただいたお客さまに申し訳ないので、例年は1割ほど多めに食材を入れて余裕を持たせてつくります。しかし、その分が余ってしまうこともあったのですが、世界記録挑戦では食品ロスが許されないので、余裕分を無くしました。天気予報は芋煮会当日が雨になると予測していたので、動員数が減った場合、どうやって残さないようにするかという対策を立てていました」
ところが当日は快晴、想定以上の人出となった。さらに誤算が重なった。三代目となり鍋の底の形状が変わったため、残量の把握に誤差が生じてしまった。結果として配食数は1万2695人となり、食べられない人も出たが、今回の挑戦の陰には、そんな事情があったのだ。
青年部メンバーは、どのようなスケジュールを組んでギネス世界記録に挑戦したのだろう。カテゴリーは、ギネスワールドレコーズジャパンが世界記録への挑戦を通じて日本各地のまちおこし、地方創生を応援するために立ち上げた「町おこしニッポン」の中で行われた(32ページ参照)。標準的なスケジュールは申請から挑戦当日まで2、3カ月。まず企画などの無料相談から始まり、申請(有料)を行い、具体的な打ち合わせや告知など挑戦の準備を経て、公式認定員の立ち会いによる挑戦(有料)当日を迎える。挑戦後はプレスリリースやメディア取材を通じたPRが行われ、達成後1年間は「ギネス世界記録町おこしニッポン」ロゴを活用したPRができる。
庄司さんが相談に行ったのは1月、挑戦の条件の詳細を知ったのは、「(芋煮会開催2カ月前の)7月でした。条件の中には極端に言えば最後の1滴まで残してはいけないというものがあり、青年部に持ち帰ったとき、『さすがに無理だ』という声が上がりました。でも私は、うちの青年部なら無理だと言いながらも英知を結集して対策を練り、前に進むと信じていました」
世界記録に挑戦するなら地元密着イベントを企画
世界記録挑戦をまちおこしに活用しようと計画している人たちに対する高橋さんのアドバイスは、「すでにイベントの開催経験があり慣れている場合でも、1年くらい前から準備を始めた方がいいですね。これからまちおこしイベントを立ち上げて世界記録に挑戦しようと考えているのなら、1回のみのイベントとせず、その後の開催まで視野に入れて地元の特色を生かした内容で企画した方がいいでしょう。またやれる範囲を無理して超えない方がいい」。青年部で企画する場合は「一部の人だけで突っ走らずに、必ずみんなを巻き込んでやること。そうすると次代のリーダーが必ず出てきて、息の長いイベントになります」と庄司さん。
ギネス世界記録挑戦は費用面での負担も大きく、条件を満たすための苦労もあったが「宣伝効果は何億円、何十億円になったと思います」と庄司さんは、挑戦は大成功と結論づけた。
改元され、令和元年となった今年開催される「第31回日本一の芋煮会フェスティバル」では新たな企画も予定されている。世界記録を樹立した芋煮会は、新しい時代のまちおこしに挑戦する。
※「芋煮会」とは、毎年秋に東北地方を中心とした地域で行われている伝統行事。里芋をメイン食材に牛肉やこんにゃく、ねぎなどを使い、近くの河川敷で学生、友人知人がグループ単位で鍋料理をつくり食べる季節行事でもある。※各地方で味付け、食材などに違いがある
会社データ
名前:山形商工会議所
所在地:山形県山形市七日町3-1-9
電話:023-622-4666
※月刊石垣2019年5月号に掲載された記事です。
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