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テーマ別企業事例 老舗企業には、経営者が学びたい"ヒミツ"がある 長寿企業の人材育成術

わが国には、創業100年を超える長寿企業がおよそ3万社あるといわれている。規模の大小にかかわらず、企業として長く続けてこられた秘密は、常に先を読み時代に合わせた経営努力と、それを支える人材の育成にある。そこで、人材の育成と活用に取り組む各地の長寿企業を取材した。

事例1 老舗和菓子店を超人気企業へと再生した八代目社長の“人財”育成の取り組み

船橋屋(東京都江東区)

創業当時から小麦粉をじっくり発酵させる製法を貫く。そこに含まれるくず餅乳酸菌の健康効果が注目されている

くず餅ひと筋に200年余の歴史を誇る和菓子店、船橋屋。伝統を守る一方、旧態依然とした社内を変えるため、「組織活性化プロジェクト」など数々の改革を断行する。多くの痛みを伴いながらも、着実に活気と魅力のある組織へと生まれ変わり、新卒採用ではピーク時に1万7000人を超えるエントリーを得る人気企業に成長した。

旧態依然とした組織にカルチャーショック

船橋屋八代目社長の渡辺雅司さんに、今講演依頼が殺到している。その理由は、数々の社内改革と人材育成を実践して増収増益を続け、新卒採用では希望者が殺到するほどの人気企業に再生した手腕に、熱い視線が注がれているためだ。

同社は、参詣客でにぎわう東京・亀戸天神隣に本店を構えている、200年以上続く老舗和菓子店だ。看板商品のくず餅は、添加物などは一切使わず、店頭に並ぶまで450日以上を費やす独自製法をかたくなに守り、多くの人に親しまれてきた。渡辺さんはそんな家業を継ぐため、勤めていた大手都市銀行を辞め、1993年に専務として入社した。ところが、すぐに大きなカルチャーショックを受ける。社内は職人気質が跋扈(ばっこ)する、旧態依然のタテ型組織だったからだ。「職人たちは仕事が終わると、上の者のひと声で就業時間内でも酒盛りを始めたり、土日は場外馬券場に行ったりすることもしょっちゅう。気がよくて腕も確かですが、常識に欠けていました。それでも上の者が言うことは絶対で、若手はだまって従うという状態だったんです」

それでもつくれば売り上げが上がる時代だった。ぬるま湯にどっぷり漬かった家業の実態を見るに見かねた渡辺さんは、七代目である父親の了承の下、社内改革に乗り出した。

社内改革を推進するも強い反発に遭う

まず行ったのは、職人の意識ややり方を切り替えることだ。具体的には、職人の勘に頼っていた製造工程をすべて計測して見える化し、誰がつくっても、季節が変わっても、同じ品質に出来上がる仕組みを目指した。

また、取引先も見直す。長い付き合いのせいでなあなあになり、砂糖や大豆の価格がバブル時代のまま高止まりしていた。資材も同様だ。そこで新しい業者との相見積もりを取り、比較検討した。その結果、多くの業者を入れ替えた。

「方々から恨みを買いましたね。売り上げは順調なのに、なぜやり方を変えなければいけないのか。社員からは強い反発に遭い、7年の間に約6割が辞めていきました。しかし、バブルがはじけて先行きが不透明な中、このままでは未来はないと思っていたので、改革の手を緩めませんでした」

社員もきついが、渡辺さん自身も辛い日々だった。そんなとき、ふと着目したのがISO(品質管理)だ。社内全体でISOの取得に取り組むことで、改革につなげようと考えたのだ。しかし、当時和菓子店でISOを取得しているところなどなく、父親からも反対された。それでも2001年にISOプロジェクトを立ち上げ、いくつもの困難を乗り越えて、2年後に取得を果たした。続いて衛生管理プロジェクトを開始し、専門家を招いての勉強会や、整理整頓などの「5S」にも取り組んだ。

「目指したことが一つひとつ形になりましたが、社員にその意識を定着させるのがまた大変でした。ルールや仕組みでがんじがらめのため、社員は元気がなくなり、さらに人が辞めていきました」

会社によかれと改革にまい進してきた渡辺さんも、その状況に危機感を抱く。社内に充満する閉塞感を打開しようと、07年に組織活性化プロジェクトを開始する。年長者を長とする部門制ではなく、ヨコ軸を基準としたプロジェクトチーム制を導入して社内の風通しを良くし、社員のチャレンジ精神やモチベーションのアップを図った。このころ新卒の定期採用を始めたこともあり、新しい人材が増えてくるにつれて、社内の雰囲気も変わっていった。

人材育成ピラミッドの構築で社員の質を向上

同社では、人材育成において独自の仕組みを構築している。それを図式化したものが、「人財育成ピラミッド」(16ページ上図参照)だ。ベースとなるのは、社訓、経営理念、ビジョンで、育成の目的を明確にする。その上で社員の頑張りを公正に評価し、給料に反映させる。その一例として、同社では利益が上がると年2回のボーナスのほか、年度末に社員全員に臨時ボーナスを支給している。1年以上勤続した人なら、パート社員も同様だ。

「利益が出たのは社員の努力の結果ですから、それを評価する意味で還元するのは自然なことですし、社員の意欲につながっていると思います」

サーベイ(調査)では、不定期に無記名の社内アンケートを実施している。直接は聞けないような設問もあえて設けることで、社員の本音や意見を可視化し、組織運営に役立てている。

「ここでやってしまいがちなのは、計画を立てるとすぐに実行に移してしまうことです。その前提となる目的、公平評価、フィードバックの三つの土台をないがしろにすると、計画はうまくいきません」

また同社では、中期経営計画書を作成する際にも、社員向けにピクトグラムを使ってビジュアル化している(16ページ中央の図参照)。高齢の社員やパート社員にも、会社の目指す目標やそのための施策を理解してもらうためだ。今では一人一人がこの中期経営計画書を携帯しており、常に自分は何をすべきかを考え、主体的に行動できるようになっている。

社員の幸せを目的としたマネジメントで増収増益

数々の改革を断行してきた渡辺さんだが、08年の社長就任以前は「ルールづくり」、それ以降は「ワクワクする会社づくり」と位置づける。ワクワクする会社にするために、意識するようになったのが「社員を幸せにすること」だという。

「なぜ幸せを基準にするのか。何を甘いことを、と思われるかもしれません。しかし、現に社員の幸せを目的としたマネジメントにシフトしていったことで、リーマンショック後も売り上げが伸び、以降も増収増益が続いています」

実際、社長就任当時に約13億円だった売り上げが、昨年度は20億円を超え、利益率は5・8倍にアップした。新卒採用ではピーク時に1万7000人を超えるエントリーを得るほどの人気企業となっている。社員の定着率もよく、よほどのことがない限り辞めないという。

その秘訣(ひけつ)は、同社が構築しているインクルージョン(包括)組織(16ページ下図参照)にある。かつての成果ピラミッド型組織における成功法則は、苦労しても頑張れば成果が上がり、幸せになれるというものだった。しかし、現実には成果が上がっても新たな目標が与えられ、また苦労を生み出す。「こうあるべき」「こうすべき」という枠に押し込められて、いつまでたっても幸せを感じることができない。その点、最初から幸せを感じられれば、おのずと情動や感動に突き動かされて仕事をし、成果が上がる。今の時代は、このやり方でないと利益は上がらないし、人材も育たないと渡辺さんは言い切る。

「とはいえ、社員がそれぞれ持ち前の能力を発揮した結果、組織がバラバラになってはいけません。そこで能力を一つにまとめるインクルージョン組織をつくることが、今の私の役目だと考えています」 渡辺さんが、この「幸せ経営」に行きつくまでにはさまざまな葛藤があった。何度も難題に突き当たり、反発に遭い、苦悩してきた。それでもあきらめなかったからこそ、今の船橋屋がある。

現在、同社は「くず餅 Re BIRTH宣言!!」をビジョンに掲げ、和菓子製造業から健康提案企業へ生まれ変わろうとしている。同社のくず餅は関東風であり、くず粉を使わず、小麦粉を乳酸菌で長期間発酵させてつくっている。そのくず餅乳酸菌が、腸内環境の改善に役立つとされ、くず餅の健康効果に注目が集まっているのだ。

「新しいビジョンを成功に導くためにも、さらに社員の能力を引き出し、生き生きと働けるように幸せ経営を進めていくつもりです」と渡辺さんは会心の笑みを浮かべた。

会社データ

社名:株式会社船橋屋(ふなばしや)

所在地:東京都江東区亀戸3-2-14

電話:03-3681-2784

代表者:渡辺雅司 代表取締役

創業:文化2(1805)年

従業員:180人

HP:https://www.funabashiya.co.jp/

※月刊石垣2019年5月号に掲載された記事です。

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