どんなものにも始まりがある。どれほど大きな川も、その始まりは人里離れた山奥の一滴のしずくから起こる。しかし、一滴のままでは川は成り立たない。小さな流れが集まらなければいつかはついえる。
事業も同様である。どれほど素晴らしいアイデアも、その理念への共感、改善改良、効果への実感がなければ、やがて水脈尽きる。商店街・地域活性化事業の歴史を振り返っても、そうした例を探すことは難しくない。
21世紀の初め頃、愛知県岡崎市で、地元の商工会議所職員の提案から始まった事業がある。「得する街のゼミナー(まちゼミ)」という小さな一滴は、いまや全国約410地域、約2000商店街、約2万7000の事業者が取り組む大きな川となっている。
商工会議所職員が気付いた商店街の魅力
徳川家康生誕の地として知られ、東海道の宿場町として、岡崎は産業、文化の中心として栄えてきた。しかし全国各地のまちと同様、中心市街地の来街者はピーク時の10分の1以下に減少。活性化に努力してきた商店主たちの間にも諦念が生まれかけていたとき、中心市街地・商店街の活性化事業に、顧客目線で考えられると女性職員が起用された。
彼女は打開策を求めて商店街各店を回っていると、あることに気付いた。店に入りづらく、入ったら出にくいと思っていたものの、いざ店主やスタッフと話してみると、彼らがじつに豊富で詳しい商品知識を持ち、それを気さくに教えてくれ、そのひとときを楽しんでいる自分がいた。
「店主や店の人が自店に関する講座を開いてはどうだろうか」
まちゼミの原型が職員の頭に浮かんだ瞬間だった。
2003年1月、10店から始まったまちゼミは今も改善を重ね続ける。そうした取り組みの中心にいるのが岡崎まちゼミの会代表の松井洋一郎さんだ。自身も創業100年を数える老舗の経営者として事業に当たり、同時にまちづくり会社の代表として地域活性化に尽力している。
「まちゼミは、お客さま、事業者、そして地域がよくなる〝三方よし〟事業です。お客さまには無料で新しい知識や人とのつながりを、事業者には新規客・売り上げに加え、事業革新のヒントや事業者同士の絆をもたらします。その結果、地域が元気になるという効果を実感していただいているからこそ、まちゼミが多くの地域で行われるようになったのだと思います」
全国一斉まちゼミが9月から11月に開催
こう語り、まちゼミの普及に全国を回ってきた松井さんだが、心を痛めていることがある。新型コロナウイルス感染症の拡大が、まちの事業者に甚大な影響を及ぼし、生活者から外出の機会と楽しみを奪い、地域にともった明かりが弱くなっているという。
「そこで、地に根を張るまち商人が連携し、まちゼミというツールを使って、地域に元気を取り戻したいと考えました。今年の9月から11月にかけて、全国で一斉にまちゼミを開催します」
全国一斉まちゼミを企画する背景には二つの事実がある。18年、長崎県では県内6地域で一斉にまちゼミが開催されたとき、参加店、受講生ともそれぞれ約2割、約3割増加した。事業者、生活者それぞれに地域を越えてつながりが生まれたのだ。
もう一つは、コロナ禍で多くのイベントが中止される現在、まちゼミは約6割の地域で実施されていることだ。そもそも少人数制の事業であり感染対策が十分に取れ、かつオンラインを駆使しての開催も積極的に行われ、多くの生活者の暮らしに彩を添えている。
そこには、感染症対策に注意しながら、少しでも生活者の役に立ち、自らの事業を未来につないでいこうとするまち商人たち一人一人の実践がある。前を向いて行動することで未来を善くしようとするまち商人の意志がある。
一つ一つは小さな一滴だが、それなくして川は成り立たない。商工会議所職員の発案から生まれた川が新たな流れを進めようとしている。
(商い未来研究所・笹井清範)
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