福井県鯖江市
船乗りに正確な地図と羅針盤が必要なように、地域づくりに客観的なデータは欠かせない。今回は、福井市に隣接する「めがねのまち」の鯖江市について、まちの羅針盤(地域づくりの方向性)を検討したい。
ベッドタウン型の地域経済循環
鯖江市は、メガネフレーム生産で国内の約9割、世界でも約2割のシェアを持つといわれる眼鏡産業をはじめ、繊維や漆器など地場産業が豊富で、ものづくりのまちというイメージがあろう。実際、眼鏡産業を含む「その他の製造業」や「繊維製品」「電子部品・デバイス」が地域を代表する移輸出産業となっている。他方、当市の地域経済循環(生産↓分配↓支出と流れる所得の循環)は、分配段階の雇用者所得で域外から大きく所得を獲得しており、ベッドタウン型の構造となっている。福井市を中心に域外へ通勤して所得を持ち帰っており、その額は地域GDP(地域内総生産)の15%も占めている。このため、「保健衛生・社会事業」(医療・介護)や「小売業」など暮らしの基盤となる産業は相応の規模がある。ただ、これらサービス業は、地域企業が十分に育っておらず、域外からの移輸入に頼っている。
眼鏡など製造業の移輸出に加え、地理的要因からベッドタウンとして発展してきたが、その発展を支える生活関連サービスは域外からの移輸入に頼っているというのが当市経済の大きな構造だ。
この構造は、今後も続くのか。人口が減少する中、少なくともベッドタウンで在り続けるためには、自立的に独自の魅力を生み出し、当市に住む積極的な理由を提供していくことが必要ではないか。
強みとなる産業でサービス業の強化を
地域の経済は生産を拡大するだけでは成長しない。域外から獲得した所得を地域で循環させることが必要だ。鯖江市では、製造業の移輸出と通勤で獲得した所得が地域で循環するよう、サービス業の移輸入超過を解消することが重要となる。
滋賀県の「近江の地場産品購入によるおもてなし向上事業」のように、直接的に域内循環を促す事業のほか、新たなサービスを生み出す仕掛けづくり、それによる地域独自の魅力の深化・多様化が必要であろう。鯖江商工会議所が開設したSABAEブランドの発信拠点「Sabae Creative Community」でいえば、ものづくり産業の活性化は当然として、企画やマーケティングといったクリエーティブ産業そのものが地域に根付くようにすることが求められる。
またコロナ禍で、全国的に域外からの来訪者は減少する一方、地域内住民の人出は増えており、最後はどうしても人手を介する事業の重要性が増している。人口減少下でもかかる対面型産業が維持できるよう貨客混載などが議論されているが、コンビニエンスストアが一定のエリアのさまざまなニーズを取り込むことで成長してきたように、人口約7万人で住民がサービスの需要者であり供給者となる当市でこそ、規制緩和や大胆な需給のコントロールも視野に入れ、官民で対面型産業のイノベーションに取り組むべきであろう。
幸い当市には、「市長をやりませんか?」で有名な全国から学生が集まる「鯖江市地域活性化プランコンテスト」、持続可能な地域づくりを目指す工房見学イベント「RENEW」、官民協働を促進するオープンガバメントの取り組み「データシティ鯖江」など数多くの先駆的な地域活性化事業がある。今こそ、これらの連携を深める体制を整え、サービス業の新規創出や磨き上げのプラットフォームへと昇華させることが必要だ。
鯖江市は地方創生のトップランナーで、既にさまざまな事業が実施されている。今後は、それらを地域経済循環の観点から再整理することが求められる。
特に、コロナ禍だからこそ重要性が増す対面型産業を中心にサービス業の域際収支改善に取り組むこと、そのための地域体制を整備すること、それが鯖江市の羅針盤である。
(DBJ設備投資研究所経営会計研究室長、前日本商工会議所地域振興部主席調査役・鵜殿裕)
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