本面では東北地方の復興や福島再生に向けた事業のうち、すでに取り組まれた事業や、将来を見据えて現在進行中または計画中の事業の中から、代表的な事業の概要を紹介する。各事業の詳細は、掲載のURLを、スマホなどで読み取って、ぜひご確認いただきたい。
防潮堤と共存するウオーターフロント施設
気仙沼内湾
気仙沼観光の拠点として生まれ変わった内湾地区
震災で大きな被害を受けた宮城県気仙沼市。中でも港に面した内湾(ないわん)地区は、かつて漁港や魚市場があり市内で最もにぎやかな繁華街であった。震災後、人口が減り続けた同市にとって内湾地区の復興こそが水産都市だけではなく観光都市としての一面を持つ気仙沼の復興につながる。震災から1年後の2012年3月、「内湾地区復興まちづくり協議会」が設立、会長には気仙沼地域開発社長であり、気仙沼商工会議所会頭も務める菅原昭彦氏が就任した。
しかし、内湾復興には大きな問題もあったという。それは、津波を防ぐ防潮堤建設計画だった。防潮堤によって海とまちのつながりの感じられる美しい港町・内湾の景観が阻害される恐れがあったのだ。
そこで、協議会では内湾の顔というべきウオーターフロントのデザイン統括コーディネーターとして阿部俊彦氏(早稲田大学都市・地域研究所)に依頼し、防潮堤と〝共存〟できる内湾の開発を進めていった。
その成果は結果として現れる。内湾地区のシンボルともいえる野外ライブも開催できる広場・ウオーターフロントを含む一帯が、「復興デザイン」として19年、グッドデザイン賞にも選出されたのだ。そして20年7月18日、内湾地区に整備された四つの商業観光施設「迎(ムカエル)」「結(ユワエル)」「拓(ヒラケル)」「創(ウマレル)=気仙沼まち・ひと・しごと交流プラザ」が誕生し、美しい港町の景観がよみがえった。
内湾は、東北最大級の「気仙沼魚市場」やダイナミックな景観が魅力の唐桑半島にも近い。さらに、気仙沼観光のもう一つの柱といえる大島に19年4月、大島大橋が開通した。地元では、「内湾を起点とした新たな気仙沼観光を推進したい」と意気込む。
国際リニアコライダーが復興の起爆剤に
岩手県
宇宙誕生の謎を解明する
岩手県や東北ILC推進協議会、東北六県の商工会議所などが誘致を進めているILC(国際リニアコライダー)とは、国際協力によって設計開発が推進されている次世代の直線型加速器のことだ。
ILCの仕組みについて少し詳しく説明すると、全長数10㌔㍍の直線状の地下トンネル(現計画は、標高約110㍍、全長約20㌔㍍)内で、電子と陽電子を光速に近い速度まで加速させ正面衝突させると、宇宙誕生から1兆分の1秒後の状態がつくり出される。一瞬だがビッグバン直後の状態が再現され、質量をつかさどる「ヒッグス粒子」をはじめとして、さまざまな粒子が現れる。これらの粒子を測定することにより、どのようにして宇宙や物質が生まれたのかという、人類が長年抱いていた謎の解明に挑むことができると考えられている。
また、加速器技術の応用範囲は、医療・生命科学から新材料の創出、情報・通信、計量・計測、環境・エネルギー分野まで多岐にわたるといわれる。
ILC建設地に求められる条件は、最大で全長50㌔㍍の直線状の加速器用トンネルに加え、アクセス用トンネル、粒子測定器を収容する地下の大ホールが建設できる場所となっている。
また、電子と陽電子の精密衝突のため、人工振動が少なく、活断層がない硬い安定岩盤にトンネルを建設できること。こうした条件をクリアできる地域は日本国内では少なく、奥州市から一関市にかけての北上山地が有力な候補地とされる理由だ。
東北に世界の最先端科学が集積する大きな意味
ILCの候補地となる北上山地は、大きな津波被害を受けた三陸沿岸にも近い。大船渡市や陸前高田市は、ILCトンネル中心部から車で1時間圏内に位置し、大船渡港は海外からの陸揚げ拠点として想定されている。さらに、東北新幹線を活用し首都圏へ良好なアクセスがあり、仙台・いわて花巻空港と成田・羽田国際空港を活用すれば、世界中へアクセスできるため、国内外の研究者や学生にとっても魅力的な地域といえる。
ILCの誘致が成功すれば世界の100カ国、千を超える大学・研究機関から、トップクラスの研究者・技術者が数千人規模で東北・北上山地に集まり、10年、20年と研究を続ける国際研究拠点となることが期待されている。さらに、東北の未来を担う子どもたちへの影響も計り知れない。震災復興の巨大な起爆剤となるILCに期待が高まっている。
東北ILC推進協議会のホームページはこちら
秋田沖洋上風力発電
地域振興の核
2022年末の商業運転目指す
早くから風力発電に取り組んできた秋田県。その秋田県で現在、最も注目されている大規模開発計画は、「能代市、三種町および男鹿市沖」と「由利本荘市沖」の2海域で進む洋上風力発電事業だ。両海域は20年7月、正式に国の「促進区域」(※)に指定された。
CO削減に向けた有力なエネルギーといわれる風力発電は、東日本大震災以後、大きな注目を集めている。人口が多く国土の狭い日本では、陸上風力については騒音や景観保護の面などさまざまな問題も抱えている。
一方、洋上風力は、騒音や景観を気にすることがなく陸上より大型で多数の風車が設置できるというメリットがある。
洋上風力発電には、風車の基礎部分を海底に固定する「着床式」と風車を海上に浮かす「浮体式」がある。比較的海底が浅い秋田沖では複数の「着床式」洋上風力発電事業が計画されており、既に電力会社やゼネコンなど多くの企業が参入を表明している。
洋上風力発電事業は風車・基礎の建設や海底・陸上送電ケーブルの敷設、発電所の維持・管理など広範囲に及ぶため、さまざまな業種の企業の参加が見込まれている。
当該地域にあたる能代商工会議所および周辺の経済団体は、地域振興につながる新たな事業を積極的に支持。既に着工している港湾内洋上風力発電事業と能代市・三種町・男鹿市沖の一般海域における洋上風力発電事業には、地元企業の資本参加、建設工事など地域経済を活性化させる需要が見込める上、完成後も維持・管理が必要となるため、その経済効果にも大きな期待を寄せている。
こうした中、秋田県内企業7社を含む13社の株主で構成される秋田洋上風力発電は、秋田港・能代港の両港湾内において日本国内初の商業ベースでの大型洋上風力発電事業に取り組んでいる。
同社は、秋田港に4・2MW(メガワット)風車を13基、能代港に同風車を20基設置し、合わせて約140MWの着床式洋上風力発電所および陸上送変電設備を建設・運転・保守する。完工後20年間にわたり発電電力の全量を東北電力に売電する計画だ。現在、22年末までの商業運転開始に向け、建設が進んでいる。
※促進区域とは
2019年3月施行の「再エネ海域利用法」に基づき、基準を満たす海域を国が洋上風力発電の促進区域に指定する。区域内では3~5年だった海域占有期間が最大30年まで認められる。秋田県沖の2海域は地元の法定協議会が20年3月、指定に同意。国内では長崎県五島市沖が19年12月に初めて指定された。
道路・鉄道で復興加速
被災地の悲願だった復興道路・復興支援道路総延長570㌔㍍全線開通へ
東日本大震災により、東北地方から関東地方の一部にまたがる地域のインフラが甚大な被害を受けた。特に生活、物流、観光の基盤ともいえる道路、鉄道など交通インフラの早急な復旧は、復興に欠かせない。
被害の大きかった、太平洋沿岸部を中心とした被災地域と東北各地および首都圏を結ぶ自動車専用道の復興道路・復興支援道路の完成は、被災地の悲願でもあった。
被災から10年目にあたる2021年、ついに総延長570㌔㍍にわたる復興道路・復興支援道路全線が開通する。これにより内陸部の東北地域および首都圏と被災地域の移動時間が大きく短縮され、経済・観光面での復興の加速が期待されている。(図)
三陸観光を支える鉄道の完全復旧
一方、鉄道に関しては観光鉄道としても知られる三陸鉄道北リアス線が震災時の津波被害により、全線が運転不能となったが、徐々に復旧。19年3月には山田線の宮古~釜石間がJR東日本より三陸鉄道に移管、盛~釜石~宮古~久慈間163㌔㍍が三陸鉄道リアス線として完全復旧し、三陸の観光地が一本の線路で結ばれた。
ここに至るには、日本商工会議所が全国の商工会議所に呼び掛け、会員企業の社員を被災地自治体などに派遣した事業の効果が大きい。大阪府の京阪電気鉄道から岩手県の宮古市役所、山田町役場に派遣された同社社員の活躍があってこそで、忘れてはならないものである。
また、原発事故により一部不通となっていたJR常磐線は、20年3月に全線で再開。首都圏と東北を結ぶもう一つの大動脈がつながった。
国土交通省東北地方整備局の復興道路・復興支援道路ホームページはこちら
京阪電気鉄道から派遣された社員の活躍を紹介する『月刊石垣』(2014年3月号)の記事はこちら
被災地が最先端地域へ生まれ変わる 「福島イノベーション・コースト構想」
福島県浜通り地域は地震、津波、さらに原発事故という、かつてわが国が経験したことのない甚大な被害に見舞われた。そのような中、浜通り地域の復興・振興を目指す取り組みが「福島イノベーション・コースト構想」だ。本構想は、国家プロジェクトとして廃炉、ロボット、農林水産、エネルギー、環境・リサイクル、医療関連、航空宇宙まで多岐にわたるプロジェクトの総称であり、産業集積や人材育成、交流人口の拡大など地域の大きな期待を担っている。ここでは、既に稼働している施設を中心に紹介していきたい。当構想のホームページは、こちらを参照のこと。
日本最大級の福島ロボットテストフィールド
福島県南相馬市と浪江町に2020年3月全面開所した「福島ロボットテストフィールド(RTF)」は、陸・海・空のフィールドロボットの一大開発実証拠点だ。RTFは、無人航空機の滑走路、水中から被災した市街地などさまざまな現場で活動するロボットの性能評価や操縦訓練などができる、世界に類を見ない施設となっている。
同市にある本拠点は、市内復興工業団地内の東西約1000㍍、南北約500㍍の敷地内に「無人航空機エリア」「インフラ点検・災害対応エリア」「水中・水上ロボットエリア」「開発基盤エリア」などが設けられている。規模のスケールだけではなく、その中身も最先端だ。
例えば、「インフラ点検・災害対応エリア」に設けられた「市街地フィールド」には、住宅、ビル、信号・標識付の交差点を配置して市街地を再現。建物の内外に車両やがれき、点検対象物など設置し、ロボットによる情報収集・調査、障害物除去、人員の捜索・救助、点検に関する試験や操縦訓練ができる。さらにコンクリートや木材のがれきを使った走行試験、建物の壁・床のブリーチング訓練、道路部分を使った自動走行の試験にも活用可能となっている。
RTFホームページはこちら
東日本大震災・原子力災害伝承館
甚大な複合災害の記録や教訓と、そこから着実に復興する過程を収集・保存・研究し、風化させず後世に継承・発信する世界初の拠点が2020年9月、双葉町に開館した「東日本大震災・原子力災害伝承館」である。同館が特に力を入れているのが、福島だけが経験した原子力災害をしっかり伝えることだ。
館内に入るとプロローグとなる展示の導入として、床面を含めた巨大な7面スクリーンの映像を使い、震災前の地域の生活、地震・津波、そして原子力発電所事故の発生から住民避難、復興や廃炉に向けた取り組みについて発信している。
館内を進むと、原子力発電所事故後の避難、避難生活の変遷、国内外からの注目など、原子力発電所事故発生直後の状況やその特殊性を、証言などをもとに振り返ることができるようになっている。同館に展示されている資料は、これまでに収集された24万点余りの資料から厳選された170点の映像・写真など。
また、29人の語り部が1日4回の講話を行っており、被災した地域住民の生の声を聞くこともできる。さらに伝承館では展示だけではなく、震災・防災に関係した研修や被災地で体験して学ぶフィールドワークなど、震災の経験を風化させないさまざまな活動も行っている。
伝承館ホームページはこちら
太陽光・風力・水素など「福島新エネ社会構想」
福島イノベーション・コースト構想に含まれるエネルギー分野をさらに強化・加速するために立ち上げられたのが「福島新エネ社会構想」だ。同構想に沿って、浜通り地域には太陽光、風力、水素など、最先端の新エネルギーに関する研究施設や発電所などの建設が進められている。
特に注目されているのは、20年3月に浪江町に開所した世界最大級といわれる「福島水素エネルギー研究フィールド」だ。水素はCO2を排出しないクリーンなエネルギーとして注目されているが、同施設では現在、天候によって変動する太陽光発電の電力を水素に変え、再生可能エネルギーを有効活用するための大規模な実証実験が行われている。
会津若松の挑戦から明日の東北の姿が見えてくる
すでに福島県内各地では、再生可能エネルギーや水素エネルギーを地域で効率的に利用する「スマートコミュニティ」の構築も推進されている。
他の地域に先駆けて会津若松市では、福島新エネ構想を土台としたスマートコミュニティ(スマートシティ)の構築が2015年度に完了しており、太陽光やバイオマスなどエネルギーの地産地消に向けて動き始めた。
人口の減少や高齢化という問題を抱えている同市では、地域活力の向上、地域経済の活性化を目指して積極的な再生エネルギーの活用に取り組んでいる。特に会津若松という地域性を生かして山林未利用間伐材を主燃料とし、バイオマス発電設備としてFIT(固定価格買取制度)認定第1号となるなど、地域資源を活用した新たなビジネスを展開し、産業振興、地域経済の活性化に大きく貢献している。
エネルギー分野以外では、スマート化を図るためにICTを積極的に推進。その本拠地として首都圏などのICT関連企業が機能移転できるオフィス環境を整備した「スマートシティAiCT(アイクト)」が19年にオープン。そして20年、同市は、スマートシティをさらに発展させるために国が進める「スーパーシティ構想」への参加も表明した。
会津若松は、明日の東北の実現化へ向かって挑戦し続けている。
会津若松市ホームページはこちら
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