世界の主要国は環境問題に対応するため、脱炭素政策の推進を明確にしている。中でも電気自動車(EV)の導入促進については明確な目標が設定され、世界のメーカーはゲームチェンジといわれるほど大きな変化に対応する必要がある。その対応によって、各自動車メーカーの生き残りが決するといっても過言ではない。英国は2030年までにガソリン車とディーゼル車の新車販売を禁止する。主要先進国はそれに呼応し、EVを重視する方針を打ち出している。それをビジネスチャンスと見て、自動車メーカーやIT先端企業などがEVの設計・開発、生産に取り組んでいる。また日本政府は、2030年度の温室効果ガス削減目標を13年度比46%減に引き上げた。この野心的な目標達成のためには生産拠点の海外移転も検討しなければならず、日本の自動車産業の強みをそぐ。
気になるのは、国内の完成車メーカーがハイブリッド車などを重視し、EV化への対応が消極的に見えることだ。4月13日、佐川急便は、配達車両として採用するEVのプロトタイプを公開した。それは、日本のEVスタートアップ企業であるASFが企画と開発を担当し、中国の広西汽車集団が生産を行うものだ。ASFは、佐川急便のドライバーのリクエストなどに基づいてEVの開発を進めた。報道によれば、同社が生産の委託を検討する際、対象となったEVメーカーの全てが中国企業だったようだ。
重要なポイントは、中国企業が日本の大手自動車メーカーの先手を取ったことだ。自動車産業では、分業体制(設計・開発と生産の分離)が進み始めている。日本の自動車メーカーには、ユーザーのニーズに応じた自動車を迅速に提供する発想はあまりない。本来、すり合わせ技術を強みに環境性能、安全性、耐久性を磨いてきた各社にとって、そうした要望に応じることは難しくないと思われるが、自動車メーカーには、低価格の車種の開発への抵抗感や、完成車メーカーの思想に基づいてつくるという価値観があったかもしれない。今回のケースは、日本の自動車産業が世界全体で進むEV化の波に対応できていない可能性があることを示す。このことでわが国の自動車業界がじり貧になる懸念もある。
1990年代初めまで、家電分野では垂直統合のビジネスモデルを基底にすり合わせ技術に強みを発揮し、日本企業が世界のシェアを獲得した。しかし、新興国企業の生産技術が向上しデジタル化が進み、家電の生産は世界各国から優秀なパーツを集め、それを労働コストの低い新興国で組み立てて完成品を生産する〝ユニット組み立て型〟へ移行した。その結果、新興国企業の価格競争力が高まり、日本企業からシェアを奪った。
また、新興国企業の成長を追い風に、米アップルはiPhoneの設計と開発に取り組み、その生産(組み立て)を台湾の鴻海(ホンハイ)精密工業に委託して高い成長を遂げた。デジタル家電分野での設計・開発と生産の分離という環境変化への対応が遅れたフィンランドのノキアは、携帯電話メーカーから5G通信基地などの通信機器メーカーとして事業体制を立て直した。半導体分野でも台湾積体電路製造(TSMC)がいち早くファウンドリー(受託製造)のビジネスモデルを確立し、米国のファブレス企業の生産ニーズを取り込んで成長を遂げた。その結果、世界の半導体産業の盟主の座は米インテルからTSMCにシフトしている。
世界の自動車業界でも同じような変化が加速度的に進んでいる。テスラの台頭に加え、アップル、中国のバイドゥなどがEVの設計・開発に取り組み、鴻海精密工業やカナダのマグナ・インターナショナルなどがその受託製造体制に取り組んでいる。わが国の自動車メーカーを取り巻く事業環境は厳しくなることが予想され、今後の展開には慎重にならざるを得ない。逆に言えば、わが国経済が相応の安定と成長を目指すためには、企業が過去の発想に捉われず、新しい発想を持って業態を転換させていく必要があるだろう。 (5月14日執筆)
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