伊藤 樹 (いとう・いつき)
2005年9月29日大阪府生まれ。交通事故による両下肢まひ。18年からロスパーダ関西所属
パラリンピック冬季大会の花形競技、アイスホッケー。「スレッジ」と呼ばれる専用のそりに乗って行うアイスホッケーで、両手に1本ずつ持ったスティックを巧みに使い、スレッジをこぎ、パックを運び、ゴールを狙う。激しいボディチェックと、氷上を滑走するスピード感が魅力だ。
日本代表は2010年バンクーバー大会で銀メダル獲得の実績を持つが、22年北京大会は世界最終予選大会で敗れ、出場を逃した。チームはすでに26年ミラノ・コルティナ大会に向けてスタートを切っている。
伊藤樹選手は次世代のエース候補といわれる若きホープだ。持ち味はパックキープ力とスピードを生かしたドリブルで、相手守備陣の間を縫うように氷上を縦横無尽、ゴールに向かう。
幼稚園の頃にアイスホッケーを始め、ジュニアクラブで技術を磨いた。だが、小学3年の時、練習に向かう途中で交通事故に遭い、脊髄を損傷。下半身がまひし、車いす生活になった。
大好きなアイスホッケーを一度はあきらめたが、スレッジで行うアイスホッケーに出合い、「パラリンピックでの金メダル」を目標に、事故の翌年から氷上に戻った。
スレッジでのスケーティングはバランスをとるのが難しく、慣れないうちは倒れてばかりだったが、そのたびに起き上がり、感覚をつかんでいった。
18年から兵庫県に新設されたクラブに入部し、年の離れた先輩たちと切磋琢磨を続けている。負けず嫌いで強気なプレーはチームに刺激を与え、明るく人懐こい性格からムードメーカーでもある。
20年の「国内クラブ選手権大会」では持ち前の機動力と得点力で創部3年のチームの3位入賞に貢献するなど存在感は増している。
並行して日本パラアイスホッケー協会の強化指定選手にも選ばれ、代表合宿や海外遠征などで国内トップ選手や海外選手との実戦経験も積んでいる。コロナ禍でリンク練習が難しかった時期には、インターネットで海外チームの動画を見て研究するなどの努力も重ねていた。
目標はフィジカルのさらなる強化で当たり負けしない屈強な体をつくり、周りの選手も生かせる司令塔だ。
「誰も寄せつけないくらい速くて強い、世界一の選手に僕はなります!」
アイスホッケー
巧みなそり操作と激しいボディチェックが醍醐味の「氷上の格闘技」
下肢障がいを対象とするが、程度によるクラス分けはない。一般のアイスホッケーとほぼ同じルールだが、専用のそり(スレッジ)を使い、1チームは男女混合17人、リンク上は6人(ゴールキーパーを含む)までで交代は自由にできる。試合は15分×3ピリオド制の計45分。スレッジはスケートの刃が2枚付いたそりで、両手に1本ずつ持ったスティックでこぎ、パックを操る。
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