長引くコロナ禍により、規模や業種を問わず多くの企業が苦境にあえいでいる。その一方で、一足早く新型コロナとの共存を見据え、時代に合わせたサービスを開発し提供することで、新たな需要を開拓している企業もある。苦しい時こそ見習いたい企業の取り組みと戦略に迫った。
「あるべき理想の姿」を見失わず逆境でも自社スタイルを高め連続増収
千葉県を中心に直営の理美容店を多店舗展開するオオクシは、再来店率86%以上と高い顧客満足度を誇る。業界平均よりも約100万円多い平均年収など従業員満足度も高く、その両立を実現して高い評価を受けている。2020年4月は単月で多額の赤字になったという同社だが、今年は増収増益で過去最高の売り上げを記録し、連続増収を続けている。その秘訣(ひけつ)を同社代表の大串哲史さんに聞いた。
多くの同業者が休業したが従業員と地域のため営業
1964年創業、82年に法人設立したオオクシは、千葉県を中心に直営の理美容店を59店舗展開している。高価格の理美容店と同等以上のサービスをリーズナブルに提供していると評価が高く、2018年には「第2回日本サービス大賞 優秀賞」など多くの賞を受賞している。
理美容業界は、コロナ禍の影響が大きい業界の一つであり、同社も例外ではなかった。
「20年4月の緊急事態宣言時は多くの同業者が休業しました。当社の店舗も休業しようかと悩みましたが、営業すると決めました」と言うのは同社代表の大串哲史さんである。
幹部社員の中には会社のことを心配して「休業して助成金をもらった方がいいのではないか」と言ってくれる人もいた。大串さんが営業を続ける決断をした大きな理由は、同社の経営理念の「仕事を通して社長を含む全従業員の物心両面の幸せを追求し、地域社会に貢献する」にある。もし店を閉めてしまったら、従業員を幸せにすることも、地域社会に貢献することもできなくなると考えた。政府の会見で「理美容は必要なサービス」とされたことも大串さんの決断を後押しした。
パートを含め全従業員に通常通りに出勤してもらい、営業を続けたものの、外出制限があったため来店客は少なかった。空いた時間で大串さんは、自分の思いと方針を2時間の映像にまとめ、全従業員に見てもらい共有するようにした。同時に働き方改革などを進めた。業務を棚卸しして、無駄な仕事を省き、1分単位で残業時間を算出するシステムを導入した。
一方、従業員自身や家族に健康上の不安がある場合には、しっかり休んでもらって補償をした。従業員やその家族が新型コロナウイルスに感染した際には、段ボール箱に1週間分以上の食料を詰め自宅へ送った。従業員に安心してもらいたいという思いからだった。
コロナ禍の合言葉 「目に見えない大切なものを」
大串さんは、従業員たちと「目に見えるものを失っても目に見えない大切なものを手に入れよう」という合言葉をつくった。コロナ禍では何が起きるか分からない。店舗閉鎖などに追い込まれるかもしれないし、会社の資産が減るかもしれない。そうした「目に見えるもの」よりも、仲間との絆やお客さまとの信頼関係など「目に見えなくとも大切なもの」は失わないようにしようという意味だ。先行き不安からみんながイライラして従業員同士が険悪な雰囲気になれば、会社が内部から壊れてしまう。それは避けようと考えた。これも経営理念にある「全従業員の物心両面の幸せを追求」に従ったものだった。
コロナ禍でも営業したことで、来店客には喜んでもらえた。他店が休業したため、新規客も来店した。お客さまアンケートでは「髪をきれいにしてもらえて、気持ちもすっきりした」「感染防止対策がしっかりしていたので、安心して施術を受けられた」「営業してくれてありがとう」など感謝や励ましの声が多かったという。こうした言葉は会社の宝物として全従業員と共有し、大切に保管している。
単月4000万円の赤字から過去最高の売り上げへ
仲間との絆やお客さまとの信頼関係は保つことができたが、コロナ禍前と比べると再来店率が5%以上低下していた。「コロナ禍でお客さまのニーズが急激に変化したのではないか」と大串さんは考えた。そこで、店内のオペレーションや接客などを細かくチェックした。コロナ禍ではマスクや消毒など、これまでになかった作業が多くあるため他の無駄を省いたり、オペレーションを見直したりした。すると再来店率は86%以上と大きく改善していった。
「当社は社内のさまざまなことを数値化しています。数字は会社の健康状態を教えてくれるものだからです。社内の数字が下がったときは、人間でいえば病気にかかったようなものです。数字がいつもと違うぞ、おかしいなと思ったら、その原因を明確にする。これは人間でいえば病名を明確にすることと同じです。その病気を経営者や社内の人たちが治療するのです。人間が複数の病気に同時にかかってしまうと根本的な原因が何なのか分からなくなります。それと会社の経営は同じです。コロナ禍の影響で数字が落ち込んだはずなのに、何か他にも原因があるのではないかと余計なことまで変えてしまうと複雑になり、元の状態には戻れなくなってしまいます」
このように語る大串さんは、社内の人たちと一緒に「会社の病気を一つずつ治療」していった。20年4月は1カ月で約4000万円の赤字を出したが、働き方改革や業務改善などコロナ禍での取り組みが、後に結果として表れた。従業員の残業時間は大幅に削減され、1人当たりの売り上げはコロナ禍前よりアップした。評価制度の改善もあり、平均年収は業界平均よりも約100万円多くなった。また、徹底したデータ分析により、高い再来店率と従業員満足度の高さの両立を実現したとして2020年度「日本経営品質賞 中小企業部門」を受賞した。22年6月の決算は増収増益で過去最高の売り上げとなり、21期連続の増収を達成した。
「あるべき理想の姿」を逆境の時こそ見失わない
大串さんは、コロナ禍でも好調なのは自社の「あるべき理想の姿」を見失わなかったからだと考えている。理想の姿は経営理念や事業計画書などに落とし込まれており、同社では毎年、それらの冊子を作成して全従業員と共有している。こうした情報共有は、同社オリジナルの人材育成などの仕組み「オオクシSTYLE」の根幹にあるそうだ。
「当社の仕組みは『オオクシSTYLE』と言われているのですが、私が明確に定義したことはないんです。ただ、私が大事にしているのは、強制的にではなく、従業員一人一人に納得して働いてもらうことです。事業計画書など多くの資料をつくって情報共有しているのは、全従業員に納得してもらうためです。説明や理解ではなく納得して動いたときの人のパワーは素晴らしいです。納得して自らの意思で働いて結果が出るから成長を実感できるし、また頑張れる。強制されてやった仕事は、結果が出てもうれしくないんです」
コロナ禍であっても同社は経営理念に基づき、独自のスタイルを貫いて成果を出し続けている。その同社を率いる大串さんに、コロナ禍を乗り切るための秘訣を聞いたところ「答えは社内にある」と言い切った。
「コロナ禍は誰にとっても初めての体験です。外部の勉強会などに行って答えを探すことも大事ですが、最後は社内に答えがあると思わなくてはなりません。自分で自社のあるべき理想の姿を描いて、そこに行くには今何をするべきかを自分たちで考えて、最終的には経営者が答えを出す。そして、最終的に選んだ方法が会社だけではなく、従業員にとっても、お客さまにとっても良いと思うから、みんなの力を貸してほしいと社内の人に理由を話して納得してもらう。一度決めたら、ブレないことです。経営力というのは、決断力と実行力だと思います」
今後、大串さんは100店舗という一つの「あるべき理想の姿」を目指し、現在はその体制づくりを着実に進めている。
会社データ
社名:株式会社オオクシ
所在地:千葉県千葉市稲毛区小仲台2-3-12 こみなと稲毛ビル201
電話:043-204-1601
代表者:大串哲史 代表取締役
従業員:約300人
【千葉商工会議所】
※月刊石垣2022年10月号に掲載された記事です。
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