新潟県新潟市
航海に正確な地図と羅針盤が必要なように、地域づくりに客観的なデータは欠かせない。今回は、越後平野に位置し、古くから日本海側最大級の港町として発展してきた「新潟市」(人口80万人)について、まちの羅針盤(地域づくりの方向性)を検討したい。
多様性と拠点性
新潟市は、港だけでなく、空港や新幹線、高速道路網などが整備された交通の要衝であると同時に、国内最大の水田面積を持つ農業都市で、人が集まる地域である。平成の大合併を経て、本州日本海側唯一の政令指定都市にもなっている。
地域経済循環(2018年)を見ても、就業者が集まり(=雇用者所得が流出している)、来訪者も多い(=民間消費が流入し ている)ことが分かる。また、地域の消費需要を賄うため、域外から商品などを移輸入しており、モノやサービスも集まる拠点性がある。ただ、早くから拓け、首都圏との交通アクセスが向上した結果でもあろうが、地域を象徴するような産業が 見当たらないことも事実である。
港町という歴史があるものの、「運輸・郵便業」の特化係数は1.05であり、全国平均並みの集積である。また、農業都市といわれながらも、「農業」の純移輸出入収支額はマイナスだ。
新潟市を内側から見れば、田園型政令指定都市として全てがそろう豊かな地域であろう。ただ、全体として外側から見た場合は、全てがそろうことの裏返しとして、特徴が感じにくい地域となっている。
この結果、地域ブランドが確立できておらず、代表的な観光業である「宿泊・飲食サービス業」の労働生産性が339万円と全国平均419万円の8割にとどまるなど、集客を地域の所得増につなげる観光力は、地域資源の多さに比べ、見劣りしている状況だ。
特に残念なことは、観光客が千人増えた場合の地域への経済効果である。同じ日本海側の都市である金沢市が2774万円であるのに対し、新潟市は2371万円と試算され、400万円も低い。農業都市として豊富に地元食材があるものの、これら地域資源が、十分に活用されていないからであろう。
暮らしこそ観光資源
全米一住みたい都市として有名なオレゴン州ポートランド(人口65万人)は、観光でも有数の地位にある。「バラの都市」という愛称を持ち、美しいスポットも多いが、「地域住民が集まる名所に観光客も集まってくる」といわれている。また、オレゴン州は全米屈指の農業地帯で、おいしく安全なオーガニック食材の宝庫であり、ポートランドの日常には地元食材が溢れている。
そのポートランドで生まれた言葉が、ローカルファーストだ。地元のブランドを大事にし、地域でできることは地域で担うとする考え方で、単純な地産地消ではなく、自分たちのまちを自分たちでもっと豊かにしようとする新しいまちづくりの 取り組みである。
大切なことは、こうした営みが豊かな日常を生み出し、それが観光客を誘引していることだ。地元食材をはじめ地域資源をフルに使うことで、地域への裨益とブランド向上が両立できることを示している。
ただ、地域資源の有効活用といっても、現実には、さまざまな試行錯誤が必要である。地域の風土を象徴する農林水産業をはじめ、まずは地域にある豊富な資源を用いて、住民のニーズを満たそうと挑戦することが重要であり、そのためにも、挑戦を許容する寛容性が地域には求められる。
起業家精神がまちを育み、起業家精神を醸成するまちが生き残り、観光地としてのブランドが向上するが、港があることで商都として栄え、多くの商人が集まり、さまざまな事業に挑戦してきた新潟市こそ、その土壌が整っているであろう。
ローカルファーストの精神で、地域の暮らしの豊かさを磨き上げること、それこそが観光資源であることを地域全体で共有し、観光力を高めること、これが新潟市のまちの羅針盤である。
(株式会社日本経済研究所地域・産業本部上席研究主幹・鵜殿裕)
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