日本商工会議所の久貝卓常務理事、荒井恒一理事・事務局長らは2022年12月、東日本大震災の際に津波などで甚大な被害のあった沿岸部の商工会議所を中心に8カ所を訪問した。被災地訪問は、震災後、毎年実施しているもので、今年度は、福島県の原町、相馬、福島、宮城県の気仙沼、塩釜、石巻、岩手県の釜石、大船渡の8商工会議所を訪れ、正副会頭などから復興に向けたヒアリングを実施。現地の生の声は、今般取りまとめた要望書「東日本大震災からの『復興・創生』に関する要望」に反映し、政府など関係各方面に実現を強く働き掛けている。
日商の久貝卓常務理事は22年12月5日、福島県の原町、相馬、福島の3商工会議所を訪れ、高橋隆助会頭(原町)、草野清貴会頭(相馬)、渡邊博美会頭(福島)らと意見交換。ALPS処理水放出・風評被害対策、水産物・加工品の販路拡大、福島イノベーション・コースト構想による企業誘致、廃業・事業承継の問題、人口流出、農産物輸出など復興・福島再生に向けた支援策などの要望について聞き取りを行った。
荒井理事らが宮城県の気仙沼、塩釜、石巻、岩手県の釜石、大船渡の5商工会議所を訪問した際には、菅原昭彦会頭(気仙沼)、桑原茂会頭(塩釜)、青木八州会頭(石巻)、山元一典会頭(釜石)、米谷春夫会頭(大船渡)らとそれぞれ会談。ALPS処理水放出・風評被害対策、販路開拓、輸出規制、燃料・電気料金高騰、二重ローン問題、人手不足など幅広い問題についての現状と今後の見通しなどについてヒアリングしている。
東日本大震災沿岸部被災地区商工会議所連絡会は23年1月18日、都内で会合を開き、同席した日商の小林健会頭に「東日本大震災復興に関する要望書」を手渡し、政府に対して強い働き掛けを行うよう求めた。日商は2月16日、連絡会の要望項目を盛り込んだ「東日本大震災からの『復興・創生』に関する要望」を機関決定。日商の小林会頭は3月3日、復興庁を訪ね、渡辺博道復興大臣に手交し、要望内容の実現を強く求めている。
日商の要望書は、昨年12月に訪問した8カ所の被災地ヒアリング、東日本大震災沿岸部被災地区商工会議所連絡会との懇談を通じて得られた現場の声・実情を踏まえて取りまとめたもの。「『創造的復興』の実現に向けた取組の加速・深化」「福島の再生・原子力災害の克服」を大きな柱に据え、先端研究開発拠点の誘致・整備、サプライチェーン再構築などの動きを踏まえた企業立地の促進、ALPS処理水海洋放出への的確な対応・風評対策の徹底など10項目の実現を求めている。
特集では、ヒアリングで訪れた8商工会議所の会頭の声などをレポート。具体的な要望内容なども紹介する。
港湾機能の強化図る
ヒアリング概要
・コロナ禍などさまざまな環境変化に適応していく力が必要。持続化補助金については、経営者本人の「気付き」「腹落ち」「納得」による「経営計画」の作成を支援している。
・ALPS処理水は、科学的根拠の下、行政と第三者機関により随時適切な情報を流してほしい。
・「釜石港」の公共ふ頭の用地面積、大型岸壁数の不足が喫緊の課題。港湾機能を強化し、貨物取扱量を増やしていきたい。
・袋井、東海、釜石の広域で、いざというときに助け合える友好提携協定を結んでいる。
・市のオープンシティ戦略に沿い、釜石DMCでは、地域人材を登用・活用。体験プログラムとして提供する1次産業とのコラボ商品(ワカメ収穫+試食など)は、ふるさと納税にも出品。
ILC計画の実現に期待
ヒアリング概要
・大船渡港は貨物の取り扱いが県内で最大であり、5割を占める。一方、震災時には液状化が激しく、耐震強化ができていない。
・ILC(国際リニアコライダー)東北マスタープランには、大船渡港がILC建設における物流拠点の一つとして位置付けられ、日本誘致に大きな期待を寄せている。
・内陸への道路整備が課題。道路が狭くて急な坂が多く不便であるために、国道107号白石峠改良整備の早期着工を県に要望している。
・求人を出しても地元からの応募がなく、生産性向上やIT化、AIの導入を図るしかない。
・カーボンニュートラルに向けて、再生可能エネルギー設備導入に当たっての強力な支援策を求める。
経営環境で課題が山積
ヒアリング概要
・ALPS処理水の処理は、国際原子力機構を通して国際的な理解を深めていくべき。
・水産物の輸出規制の早期撤廃に向けた働き掛けをお願いしたい。
・水産業における労働者不足が問題。時給を上げても働き手や外国人実習生が来ない状況。
・分かりにくい電気料金の価格体系、重油の価格高騰への対応が必要。
・いまだにプライベートブランド商品は値上げをするなとの声があり、事業者は価格を抑えざるを得ない状況である。
・港奥部の防潮堤の修復工事については、安全性を重視して施工されるとともに、早期完成をお願いしたい。
二重債務問題の解消を
ヒアリング概要
・二重ローンの問題が片付いていない。復興は予定通りに進んでいない。
・近年は人口が減少し、若者の外部への流出が将来的に大きな課題。事業承継については、良い技術を持っているがマッチングがうまくいかないなどの問題がある。
・円安、コロナ、ウクライナ問題などによるエネルギー価格や原材料高が復興の妨げとなっている。電気料金、ガス料金、燃料油などの負担軽減のための助成を講じていただきたい。
・東日本大震災事業者再生支援機構は747件の買い取り支援を行った。現在、3分の2の事業者が対応に迫られており、債務の減免や二重債務解消のための利子補給融資の創設などさらなる支援をお願いしたい。
水産加工業が経済の柱
ヒアリング概要
・経済に関しては水産業が柱の地域。外貨の8割は水産関係が稼いでいる。
・水産加工業者の販路の喪失、漁獲量の減少、燃料費の高騰などに加え、コロナ禍による消費低迷が事業者の経営を圧迫。輸出規制先(台湾、中国、香港)は特に早期解決が望まれる。
・漁業のトレンドとして、エサ型からより効率的なアミ型への転換があるが、エサ型が主流の気仙沼にとっては打撃。
・水産加工業は高齢化が課題。省人化、機械化しなければいけないが、設備投資が難しい。デジタル水産業に取り組んでおり、デジタル人材の育成など各種施策支援をお願いしたい。
・ALPS処理水の放出が東北から関東にかけての太平洋側の漁業の競争力にどういった影響を及ぼすかという視点も必要。
人口減少が最大の問題
ヒアリング概要
・人口減少が一番の問題であり、サポートをお願いしたい。人口が戻らない地域は、商業施設・学校・病院も建設されない。人口1人減で年間100万円の消費が減るといわれている。特に女性の流出が激しい。
・ALPS処理水放出は、(隣県の漁業者の声もあり)福島だけで解決できる問題ではない。国が前面に立つ、国が責任を持つ、という言葉があれば地元は安心できる。
・三陸道、相馬・福島・米沢をつなぐ東北中央自動車道の開通は明るい話題。特に若者を中心に往来が活発化している。
・農産物は、台湾・中国・韓国に輸出ができない状況。一方、チルド輸送の発達により、ベトナム、シンガポール向けの桃がよく売れるようになった。
適切な賠償を求める
ヒアリング概要
・ALPS処理水処分による風評を最大限抑止する対策を講じてほしい。被害があった場合、地域・業種を限定せず、全ての事業者への公正・公平な賠償をお願いしたい。
・国際教育研究機構は、福島復興の拠点として、産業発展や交流人口・関係人口拡大の促進など、被災地全体への経済効果の波及が必要。南相馬市は隣接地域としてどのように連携していくのかが大きな課題。浪江町が拠点だが、効果を広い地域に広げるため、福島県連、東北六県連、日商とも連携して、浪江町の事業と南相馬市を絡めた施策に取り組みたい。
・60、70代の経営者が多く、事業承継の問題がある。中間層である30~50代が南相馬市からいなくなり中抜けの状態。
福島県沖地震で再被災
ヒアリング概要
・ALPS処理水の海洋放出は、新たな風評被害の発生に強い懸念がある。地元の理解を得られるような対策を講じてほしい。
・イノベーション・コースト構想では、浜通り地方を一体として捉えた支援制度の設置をお願いしたい。
・昨年3月の地震による風評被害が大きい。相馬市は人が立ち入りにくい環境にあり、宿泊、観光などのサポートが必要。
・グループ補助金は適宜活用しているが、手続きに時間がかかる。今ある補助金も含め、今後創設する補助金についても簡素化した仕組みをお願いしたい。
・農水産物は「福島県産」というだけで値段が下がっている。漁業者の後継者不足も課題。今後の販路拡大や新規事業拡大についてもバックアップしてほしい。
東日本大震災復興に関する要望書(抜粋)
【釜石商工会議所】
物価高騰対策/ALPS処理水の海洋放出への対応と国内外向け情報発信/釜石港の国際貿易拠点に向けた港湾機能強化
【大船渡商工会議所】
国際リニアコライダー(ILC)計画の実現/再生可能エネルギー設備導入支援策強化/大船渡港湾の耐震強化と機能強化/人手不足対策の推進/水産業への支援強化/幹線道路の整備/(仮称)大船渡内陸道路の高規格化早期実現
【塩釜商工会議所】
ALPS処理水の風評被害等対策/港奥部防潮堤工事の早期完了と周辺活性化対策
【石巻商工会議所】
中小企業の資金繰り円滑化と金融支援強化/東日本大震災に伴う二重債務の解消に向けた金融支援の創設/エネルギー価格や原材料・資機材の高騰に伴う経営支援/グループ補助金を活用して整備した施設・設備の財産処分の弾力的緩和/ALPS処理水の海洋放出阻止/仙台塩釜港石巻港区の防波堤の早期整備と耐震岸壁の早期整備/仙台塩釜港石巻港区をカーボンニュートラルポートに指定/次世代エネルギー型基地の誘致促進/石巻新庄道路の早期整備と国道398号線(沢田工区)の早期整備
【気仙沼商工会議所】
新型コロナウイルス感染症の影響拡大、国際情勢の変化に応じた事業者支援/三陸沿岸道路のフルインターチェンジ化/国道284号の高規格化/JR気仙沼線・大船渡線の早期整備/国土強靭化への対応/水産加工業者などの販路回復・拡大支援/漁港整備、風評対策/漁船漁業・沿岸、内水面漁業の振興/人手不足対策の推進および産業人材育成への支援/商業地域再生への支援/グループ補助金制度の弾力的運用など/再建した事業者への継続的支援/観光商品造成/地域経済循環強化/観光施設整備への支援/ILC日本誘致への積極的な取り組み
【福島県商工会議所連合会】
ALPS処理水の処分に係る風評被害対策の徹底/復興・創生に向けたインフラの整備促進/風評被害払拭に向けた取り組みの強化/事業再建・自立に向けた各種支援策の継続・拡充および住民の帰還促進/福島イノベーション・コースト構想などの推進/被害の実態に合った原子力損害賠償の完全な実施
【原町商工会議所】
福島イノベーション・コースト構想を核とした産業発展と交流人口、関係人口の増加策に対する支援制度創設/東京電力への要望(ALPS処理水の処分による風評対策の徹底/賠償基準の公表における誠意ある説明の徹底/地域・業種を限定しない全ての事業者への賠償/被害の推認に係る適切な統計データ等の活用/公正・公平な賠償損害の算定)/原発事故の実被害を受けた地域への復興・再生(廃炉の早期実現)
【相馬商工会議所】
ALPS処理水の海洋放出に伴う風評被害の徹底、風評被害が生じた場合の賠償、販路回復の支援策/相馬福島道路から主要施設までのアクセス道の整備促進/常磐自動車道(広野IC~山元IC間)の早期全線4車線化/令和4年福島県沖地震「中小企業等グループ補助金」における十分な事業完了期限の確保
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