2017年5月に民法の一部を改正する法律が成立し、来年4月1日から施行される(一部の規定を除く)。特に債権関係の規定は、1896(明治29)年に民法が制定されて以来、約120年ぶりの大改正となる。これにより、企業においては契約や取引、融資、リスク管理の面などにおいて大きな影響が出る可能性もある。そこで改正を控えて、民法に詳しい髙井章光弁護士に、中小企業が押さえておくべき重要な点について話を伺った。
髙井 章光(たかい・あきみつ)
弁護士
古くなった民法の現代化と世界的な民法見直しの流れ
―120年も続いてきた民法が、今回なぜ改正されたのですか。
髙井章光弁護士(以下、髙井) そこには二つの要望があったのだと思います。一つは古くなった民法を現代化しようということ、もう一つは世界的に民法を見直そうという流れになっており、日本もそれに合わせた新しい民法をつくろうということです。
現代化については、120年前の法律が現代に合わなくなった部分があり、死文化されていたり、解釈が変更されていたりといったことがあります。それが判例などで積み重なってきており、どこかで法律を一度リセットしないと、現状と法律がどんどん離れていってしまうからです。
日本の民法の見直しは、世界的な流れに乗ったものといえます。世界基準の民法に合わせることで、例えば海外取引でトラブルがあった場合に、日本の法律で解決しましょうということもできます。それを目指そうという機運もあったのだと思います。
―では、今回改正された民法のうち、企業の経営者が知っておくべき点は何でしょうか。
髙井 基本的には次の五つが挙げられます。「個人保証要件の厳格化」「消滅時効期間の統一」「定型約款の法制化」「法定利率の見直し」「債権譲渡の有効化」です。このうち最初の二つが最も重要で、これまでの制度と大きく変わっています。残りの三つは全ての企業に当てはまるわけではなく、また、すでに判例となっているものを法律化した部分も多いので、中程度の重要度だと思っています。
ツボ1 個人保証要件の厳格化は保証人保護のための改正
「個人保証要件の厳格化」に関するポイントは以下の三つとなる。 ①経営者等以外の融資に対する個人保証の場合の公正証書作成 ②保証委託時の情報提供義務 ③個人根保証契約における極度額の定め
―最初の「個人保証要件の厳格化」はどう変わったのでしょうか。
髙井 経営者等以外の者が事業資金用の融資を主債務として保証する場合、保証契約締結の1カ月前に保証人本人が公証役場に行って公正証書を作成し、保証する意思を明確にしなければならなくなります。そして、保証人に保証を頼む場合、主債務者は保証人に対して、財産や収支状況などの情報を提供する義務があります。情報を提供しなかったり、情報が事実と異なったりした場合、保証人は保証を取り消すことができます。これは、事情をよく知らない人が安易に借金の保証人にならないようにする、保証人保護のための改正です。
〝個人根保証契約における極度額の定め〟というのは、取引契約や賃貸借契約などで個人が包括的に保証する場合、その保証限度額を書面で定めておかないと、その保証は無効になるということです。
―これにより、どのような点が変わってくるでしょうか。
髙井 経営者等以外の保証人を依頼する手続きが煩雑になり、会社の事情を事前に全て説明しなければならなくなることから、以前に比べて保証人を頼みにくくなります。また金融機関からも、保証人にきちんと会社の情報を提供したかどうか、書面などで確認が求められるようになるでしょう。そのため、今後は第三者による保証が少なくなっていくと思います。
ツボ2 これまでバラバラだった消滅時効期間を統一
「消滅時効期間の統一」では、これまで職業によって、売掛金などの債権請求の消滅時効期間が異なっていたものを統一。以下の①と②のうち、どちらか早い時期に時効が完成する。
①債権者が権利を行使することができることを知った日から5年間 ②権利を行使することができるときから10年間
―「消滅時効期間の統一」というのはどういうことでしょうか。
髙井 消滅時効というのは、債権の請求を一定期間しなければ、それ以降は請求ができなくなるというものです。これまでの民法では、業種によって消滅時効の期間が異なっており、例えば建設・工事などの請負代金では3年、商品販売代金は2年、宿泊代や飲食代は1年でした。改正民法ではこれを統一し、原則5年となりました。法律上は①の5年と②の10年の早い方となっていますが、ビジネス取引で債権者は債権管理をしているのが普通なので、時効は①の5年間が原則となります。
―これについて経営者が準備しておくべきことは何ですか。
髙井 時効管理の期間が変わり、債権者側も債務者側も、請求書や支払いに関する資料を5年間は保管しておく必要があります。そうしておかないと、払ったはずの代金を請求されても、払ったという証明ができなければ不利になりますし、逆に、時効前で請求できるはずの未払いの代金を請求できなくなってしまいます。
また、時効の完成猶予のため請求する場合、請求書を送るだけでは駄目です。法律上要求されるのは、債務承認行為といって、債務があることを相手が承認することです。請求書を送って一部でも払ってもらえば、相手は債務を承認したことになります。一般的に企業では、期末になると債務の残高を書いた債務承認書を債務者側から取っています。
ツボ3 不特定多数の取引で使われる定型約款を法制化
約款については、定型的な取引での約款に効力が認められる。約款を契約の内容とすることに合意した場合、取引相手が約款の個別の内容を認識していなくても有効となる。約款が使われる例として、保険やクリーニング、スポーツクラブ、運送などがある。ただし、約款に不当な条項が含まれていた場合、その条項の効力はなくなる。
―残り三つのうち、まず「定型約款の法制化」をご説明ください。
髙井 定型約款を必要としない業種の企業も多いので、重要度は中としました。ここで言う定型約款とは、事業者が不特定多数を相手に行う取引において、取引のルールを定型的に定めたものを指します。定型約款に取引相手が合意すれば、契約したものとみなされるということです。また、定型的な約款を作成した者は、取引相手が求めた場合には約款の内容を開示しなければなりません。ただし、約款の中で社会通念に照らして相手方に不利な条項があった場合、その条項は効力が認められません。
―中小企業において、定型約款を作成する必要がある業種にはどのようなものがありますか。
髙井 一つにはネット通販が挙げられます。商店などが自社のホームページでネット通販を行っている場合、利用規約に約款を提示し、購入者に「同意欄」をクリックしてもらうことで、それが契約内容とみなされます。
ツボ4 法定利率の見直しにより経済情勢に即した利率に
法定利率の見直しは、これまで年5%だった民法上の法定利率を、改正当初は3%に引き下げ、その後は3年ごとに利率を見直し、金利や物価など経済情勢を考慮して1%刻みで変動させるというもの。また、商法における法定利率はこれまで6%だったが、これも改正民法の法定利率に統一される。
―次の「法定利率の見直し」は、どういうことでしょうか。
髙井 法定利率というのは、取引などにおいて利息に関する合意がない場合に適用される利率のことです。これまでなぜ5%だったのかというと、金利が高い時代に決めたままだったからです。今は低金利時代で実際の金利はずっと低いため、5%のままだと現状と合わない部分が生じてしまいます。そこで、時代に即した利率として3%になりました。そして、今後もいろいろと経済情勢は大きく変わっていくので、3年ごとに見直して、適正な利率に調整していくことになったわけです。
ただし、一般的な取引では利率を重視することはあまりなく、必要がある場合には当事者間で決めた約定利率を契約書に入れるので、ほとんどの取引で法定利率は関係がありません。そのため、こういう規定があるということを知っておくだけで十分だと思います。
ツボ5 譲渡制限特約があっても債権の譲渡が可能に
契約に「債権譲渡制限特約」がある場合、これまではその債権を債務者の同意なしに第三者に譲渡することができなかったが、今回の改正によって、制限特約があっても債務者の同意なしに譲渡が可能になった。一方、譲渡された債権の債務者は、一定の場合に、債権の譲受人(新債権者)に対して債権の履行を拒むことができる。
―最後の「債権譲渡の有効化」ですが、これにはどのような利点があるのでしょうか。
髙井 売掛金は現金になるまでに数カ月かかります。そこで、債権譲渡を有効化することで、この売掛金を担保にして資金調達の融資を受けられるようになります。通常は法律よりも契約内容が優先されますが、ここでは逆に法律が優先されることになります。契約に譲渡制限特約があっても譲渡が可能になるので大変なことではありますが、債権がそんなに頻繁に譲渡されるかというと、そこまでにはならないと思っています。
―もし自社の債務が取引先から第三者に譲渡されてしまい、新債権者から支払いを請求された場合、どうしたらいいのでしょうか。
髙井 その場合の対処法は二つあります。一番簡単なのは、法務局などの供託所に供託する(お金を預ける)ことです。これによって自分たちの債務は消滅し、あとは新しい債権者と供託所との間のやり取りになります。
もう一つは、新債権者が譲渡制限特約の存在を知っていた場合、債務者は請求があっても新債権者への支払いを一度は拒否できます。ただしこの場合でも、新債権者は債務者に対して旧債権者に支払いをするよう催告できます。ここで債務者が旧債権者に支払いをせず、供託もせずにいると、新債権者は債務者に対して支払いの請求ができるようになります。いずれにしても借金は返すのが前提で、供託にするか、元の債権者に返すか、それとも新債権者に返すかということです。誰が有利・不利になるということではなく、これからはそういったことが起こる可能性があるので、その対応策を知っておくことが重要になります。
企業は専門の担当者を置きまず契約書の確認・見直しを
―今回の改正でそのほかに知っておくべき点はありますか。
髙井 「請負における契約内容不適合による担保責任」が挙げられます。契約内容の不適合は、以前は瑕疵(かし)と呼ばれていました。これは、請負により物を製造したり建物を建設したりした際、そこに瑕疵があった場合は、注文者は請負人に損害賠償など担保責任の請求をすることができるというものです。
ここで重要なのは、その請求をするためには、注文者が瑕疵の存在を“知ってから”1年以内に、請負人にそのことを通知する必要があるとなったことです。今までは“引き渡し”から1年以内の請求が必要で、建築物の場合は非堅固建物(例・木造)が引き渡しから5年以内、堅固建物(例・鉄筋コンクリート)は10年以内とされていました。それらが撤廃され、全て“知ってから1年以内に通知”に統一されました。
―どの企業も、注文者側にも請負人側にもなることがあるので注意が必要ですね。
髙井 はい。請負人側は引き渡しから何年もたって注文者から担保責任の請求をされる可能性がありますし、注文者側は瑕疵を見つけたらすぐに請負人側に知らせる必要がでてきます。そのため今後は、取引の際にしっかり契約書をつくり、瑕疵があった場合の修理・修繕に必要な合理的な期間を定めておく必要があります。
―最後に、改正民法は来年4月1日の施行ですが、それ以前に結ばれた契約はどうなりますか。
髙井 これは経過措置といい、原則としては、施行日以前に成立した契約は旧法が適用され、施行日以降の契約は新法が適用されます。つまり、製品や建物の引き渡しが施行日以降であっても、契約したのが施行日以前であれば、旧法が適用されるということです。
なお、施行日以前の契約を更新する際には、更新の合意書が締結されていれば新法が適用されますが、法定自動更新の場合は旧法が適用されると思われます。
―改正民法について、知っておくべきことがたくさんありますね。
髙井 そうです。今回ご説明した以外にも、業種によって知っておくべきことが異なるので、業種ごとの勉強をしておく必要があるでしょう。あとは、契約書がしっかりしていれば法律が変わっても影響は少ないので、今後は契約書の見直しも必要になってきます。
こういった対策について、社内に法務部がない場合は、総務部の誰かが専門で担当するようにするといいでしょう。契約や法律関係に関しては、すべてその方を通して行っていく。そうしていくうちに、その会社のノウハウも蓄積されていきます。改正民法についてこれから対応を考え始めるという企業は、まず契約書の確認から始めるのがいいと思います。
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