桑原運輸は愛媛県新居浜市で港湾運送業に携わる100年企業。社員の働きやすさには定評のある人気企業だが、バックオフィス業務のIT導入が遅れていた。そこでオフィス移転を機に経営主導で「バックオフィスDX」に着手。その成功により、「全国中小企業クラウド実践大賞2022全国大会」で「勘定奉行賞」を受賞した。
本社移転を機に紙書類のデジタル化に着手
桑原運輸のIT導入元年は2018年11月。本社の新オフィス移転がきっかけだった。トップから膨大な量のアナログドキュメント(紙の文書)をデジタル化してオフィスを効率よく使うようにという号令が掛かり、「文書管理プロジェクト」が立ち上がった。
同社のDXを主導した専務の桑原達也さんは、デジタル化についてまずは次のようなことを行ったと控えめに語る。
「紙のタイムカード、昼の弁当注文票、連絡帳などをデジタル化するという初歩的なことです。アナログでは記載ミスをしたり、連絡が行き届かなかったりして、無駄や失敗が発生していました」
こういった初歩的なことから始めたからこそ、プロジェクトチームはドキュメントのデジタル化を成功させ、DXを効率よく進める知見を蓄積し、次のフェーズへ進むことができたといえる。
チームの次の目標は「バックオフィスDX」。対象は総務・人事・経理セクションだ。
「それまで会計業務は複写式の伝票で経理処理をしてExcelの財務諸表に転記。給与は勤怠計算から手当や社会保険の計算までExcelで行い、社会保険労務士にチェックを依頼していました。そのため、社員の長時間労働などを見逃す可能性がつきまとい、法令違反を起こしてしまいそうな状態でした」
そこで桑原さんは、バックオフィス業務をクラウドに移行して入力の省力化を図り、最新のドキュメントをいつでもどこでも誰でも見られる体制の構築を目指した。
「特に人事・経理業務は法改正対応が必須なのですが、オンプレミス(サーバーやソフトウエアなどを自社で保有・運用する形態)ではアップデートの際にトラブルが発生したり、費用がかかります。そのためサービス提供側がアップデートに責任を持つクラウドに切り替えたのです」
データを把握・理解して社員の思いに寄り添う
同社のバックオフィスDXは、クラウド経由でソフトウエアを提供するSaaS(Software as a Service)型の基幹業務システム「OBC奉行クラウド」を中心に据え、就業管理・勤怠管理システム「BIZWORK+」、経費精算システム「楽楽精算」などと連携させた。「奉行クラウド」は、バックオフィスに必要なシステムがそろっており、さまざまなデータの連携が容易な点を評価した。「奉行クラウド」導入を機に、クラウド対応が遅れていた税理士、社労士には礼を尽くして事情を説明し交代してもらった。新しい税理士、社労士とは最新のデータをリアルタイムで共有する仕組みをつくり、必要な時はチャットツールでやりとりすることで、正確性とスピードが格段に向上した。また、専門家の意見・アドバイスをベースにした根拠のある(=法令や就業規則などにのっとった)提案・改善ができるようになった。
DXによってバックオフィスはスリム化された。総務部総務人事課長の多賀根良さんによると、社員170人に対して人事労務担当は2人、それも1人はパート社員なのだが、「DXによって給与計算などの工数が削減できたので、大変さはありません」。バックオフィス業務の中でも給与業務についてはアウトソーシングという選択肢もあったが、桑原さんは内製化に踏み切った。人事労務に関する基礎的な知識やデータを内部に蓄積していく必要があると判断したためだ。「運送業は労働集約型の産業です。社員一人一人にいろいろな思いがあり、生活スタイルも違う。そこで、社員と密にコミュニケーションを取り、思いに沿った形で働き方をカスタマイズするためには、経営側がデータを把握・理解していなければなりません」。
スムーズに進めたいと考えていた同社のバックオフィスDXだが、「実は1年単位の時間軸で見る必要がありました」。なぜなら、現場は今までの仕事のやり方を日々の業務をこなしながら奉行クラウドに合ったものに変えなければならず、一時的に大きな負荷がかかり、反発の声も出てくるからだ。桑原さんは思うように進捗しなくても我慢し、社員にDXの目的と将来の姿を示し続けた。
18年から5年かけて構築してきたバックオフィスDXは軌道に乗った。来年の100周年は、胸を張って迎えることができる。
わが社ができたIT化への取り組み
IT化前の問題
・ 伝票などのデータは紙で管理。記載ミスなどが発生していた。また、PC管理が必要なデータは紙を見てExcelに手入力。脆弱(ぜいじゃく)なバックオフィス体制に危機感を覚えるほどだった。
導入したITシステム
・ 「OBC奉行クラウド」を中心に据え、就業管理・勤怠管理システム「BIZWORK+」、経費精算システム「楽楽精算」などと連携させた。顧問税理士、社労士が直接データを見て問題があれば即座に指摘ができる体制に変わった。
IT化後の状況
(2019年と21年を比較)
・ 一人当たりの年間平均時間外労働が約134時間削減された。
・ 改善提案数がゼロから24件に増えた。
・ バックオフィスDXの対象となった総務部のエンゲージメント(仕事への思い入れや意欲)が約1・2倍向上した。
会社データ
社名 : 桑原運輸株式会社(くわはらうんゆ)
所在地 : 愛媛県新居浜市磯浦町16番7号
電話 : 0897-35-1111
HP : https://kuwaharaunyu.co.jp/
代表者 : 桑原涼一 代表取締役社長
従業員 : 約170人
【新居浜商工会議所】
※月刊石垣2023年6月号に掲載された記事です。
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