家が明治天皇の宿泊所に
東京都西部の多摩地域にあり、かつて武蔵国の国府が置かれていたことから「府中」と呼ばれた府中市で、柏屋は酒類の販売を行っている。創業者の田中三四郎が農家から分家し、武蔵国の総社である大國魂神社の大鳥居前で、寛政元(1789)年に店を構えたのが始まりである。酒のほかに反物や荒物を扱い、神社にお参りをする人たちのかしわ手を聞きながら商売をしていたことから「柏屋」を屋号とした。その後の歴史について、十五代目当主の田中勝彦さんはこう説明する。 「八代目の庄治郎は幕末に柏屋の成長を成した人で、古武道の天然理心流の免許を授かっていました。天然理心流は、新選組の近藤勇が出た近藤家の道場が創始。その後の九代目の荘八の時代が柏屋の絶頂期で、新選組への資金援助もしていました。つまり幕府側を支援していたわけですが、明治維新後、明治天皇が府中に行幸された際には、田中家がお迎えし、家を休憩所や宿泊所として提供しました」
このように、同社は地域で有力な商家となっていたが、十代目以降は徐々に没落への道をたどっていく。十代目が43歳で亡くなると、それから十三代目まで早世や若くして隠居などが続き、昭和初期には、それまで保有していた一切の土地や財産を失ってしまうことになった。 「十四代目が私の父、忠一郎で、5歳のときに父親を亡くしています。そのため、母親が女手一つで子どもを育てながら、田畑をなくしても屋号は残っていましたので、細々と商売を続けていきました」
没落から再興へ
「父が大学を中退して店を継いでから、再興のための戦いが始まりました。周りの人たちから、田中家は昔は良かったけど、今はもう没落して見る影もないといった陰口をたたかれて、悔しかったのだと思います。また、4代続いた当主の早世を繰り返さないために、神仏に帰依していきました」と言う田中さんも、父親同様に神仏に帰依し、毎日2時半に起き、礼拝合掌と写経を欠かさない。
先代は昭和29(1954)年に店を継ぐと、酒の販売に力を入れていき、ゆっくりと店の再興を進めていった。 「家が没落したとはいえ、やはり父はボンボンで育ってきたので、悔しいという思いは非常に強かったようですが、商売にガツガツしていませんでした。それでも商売を軌道に乗せていき、私が中学生の頃までは家も店舗も賃貸だったのが、そのビルごと買い取り、自社保有にしていきました」
田中さん自身は、子どもの頃から親に「おまえは柏屋の跡を継ぐんだ」と言われて育ち、店を継ぐことしか考えたことがなかった。大学を出るとウイスキーメーカーに就職し、東京出身ながら北海道の支社に配属された。 「朝は酒問屋さんを回り、昼間は酒屋さんを回って、夜は飲食店を回る。いわゆるドブ板営業です。それを4年ほど続けた頃、父からそろそろ戻ってきてほしいと言われたんです。父の体調が悪くなり、会社の状況も厳しいと。それが、私が27歳のときでした」
業務用と小売りの両輪で
「それからは、昼間は配達、夜は営業を兼ねて飲み歩いていました。前の会社でも飲食店に営業していましたが、酒屋はお金を回収する必要もある。そこが苦労しました。私が戻った当時、得意先は30軒ほどでしたが、今は1500軒ほど。そのうちの300軒近くは私が増やしました」
当初は業務用がメインだったが、店舗の一部が道路の拡幅整備で縮小を余儀なくされ、配送車を置く場所がなくなってしまった。そこで新甲州街道沿いの土地を借り、配送センターを兼ねた小売用店舗を平成3(1991)年にオープンした。 「新しい店でお酒のディスカウント販売を行ったところ、これが当たり、さらなるステップアップをすることができました。今は昔の店舗ビルを賃貸に出して、新しい店だけで営業しています」
コンビニやスーパーとの差別化を図るため、価格競争になるディスカウント販売はやめ、今は酒類専門店としてワインと日本酒に力を入れるとともに、昔ながらに焼酎と梅酒の量り売りも行っている。 「今後は、多摩地域で一番の売り上げと利益がある会社にしたいと思っています。去年10月、跡は継がないと言っていた一人娘が戻って来てくれました。今は店頭に立ってクレームに対応し、お客さまから感謝の言葉をいただいています。私が育てなくても、お客さまが育ててくれます。そして、これから10年かけて社長の仕事の引き継ぎをしていきます」
同社は親子二代で店を再興させ、さらなる発展を目指して、次の世代へと引き継がれていく。
プロフィール
社名 : 有限会社柏屋(かしわや)
所在地 : 東京都府中市緑町2-12-21
電話 : 042-361-2008
HP :https://www.kashiwaya-sake.com
代表者 : 田中勝彦 取締役
創業 : 寛政元(1789)年
従業員 : 約40人
【むさし府中商工会議所】
※月刊石垣2023年9月号に掲載された記事です。
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