世界経済を揺るがす中国の不動産業の不振は中国国内だけでなく、マレーシア、カンボジアなど国外でのプロジェクトにも及んでいる。シンガポール中心部から車で1時間ほどのマレーシア・ジョホール州で、中国の大手不動産会社である碧桂園(へきけいえん)(カントリー・ガーデン)が約1000億ドル(約14兆6000億円)をかけて開発していた「フォレストシティー」は、その象徴といえる。同州で進むオフィス、生産拠点、物流、住宅など総合的な開発計画「イスカンダル・プロジェクト」の一部だが、早くも「失敗」のレッテルを貼られている。
フォレストシティー内の「カルネリアン・タワー」を訪ねてみた。植物が壁面を覆う様子を「ゴーストタウン化した」と、米メディアが喜々として紹介した所だ。高さ180mの高層コンドミニアムは確かに人影がまばらで、人が暮らす生活感はない。ベランダや壁面の植物の手入れも行き届いてはいないが、ゴーストタウンとは異なる明るさを感じた。筆者は中国の河北省・曹妃甸(そうひてん)、河南省鄭州(ていしゅう)新区など巨大開発計画の残骸といえるゴーストタウンをいくつか見てきたが、フォレストシティーの状況はかなり異なる。
違いは恐らく開発の必然性、需要の有無にあるだろう。曹妃甸をはじめ、中国本土の開発プロジェクトは工場用地、オフィスビルや住宅、道路、港湾などの需要は「夢物語」としてしか検討されず、建設工事と鋼材、セメント、太陽光発電パネルなどの消費がもたらす地域経済の成長こそ目的だった。これに対し、イスカンダル・プロジェクトは狭隘(きょうあい)となったシンガポールの成長余地を周辺に求めるという明らかな実需があり、フォレストシティーは中国人富裕層にとって安全で暮らしやすい国外脱出先というニーズもある。
香港が国家安全維持法の制定とともに中国人富裕層の安住の地ではなくなったことで、個人資産を運用するファミリーオフィスが160社以上シンガポールに移転し、シンガポールの住宅価格が数年で50%以上も上昇したことは、フォレストシティーの潜在需要を示している。
インドが「中国の次」に成長する大国となるのであれば、中国人にとってインドに投資する拠点も必要となるはずである。その意味でも、インドと金融面での結び付きが深いシンガポールは今後、より魅力的な場所となるだろう。5年後には、フォレストシティーは意外な展開を見せているかもしれない。
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