半年ぶりにベトナムに行って驚いたのは、ベトナムの国産EVメーカー、ビンファストの車が一気に増えたことだった。特に車体がターコイズ・ブルーのビンファスト系配車アプリの4輪、2輪タクシーの急増は二つの意味で衝撃だった。一つはベトナムの自動車産業の進化であり、二つ目はビンファストを率いるファム・ニャット・ブオン氏(56歳)の経営手腕だ。
ブオン氏は言うまでもなく、ベトナムを代表する不動産開発などの複合企業、ビングループの創業者だが、2017年にビンファスト社を設立し、自動車産業に進出。ドイツメーカーの技術支援を受け、ガソリンエンジン車の生産を始めた。無謀にも見える挑戦だったが、発売した車の完成度は高く、国内市場では売り上げを伸ばしていたものの、そこから大胆にEVメーカーに転換した。
その途中ではスマートフォン生産にも乗り出していたが、これも先行メーカーとの差を埋めきれないと見ると、あっさり撤退した。その見切りの良さには感嘆する。さらに自社のEV販売を伸ばすために、配車アプリをベースにしたタクシー会社を興し、24年4月のハノイを手始めに一気に全国に拡大して、大都市の道路で目立つ存在にした構想力、実行力は並の経営者にはない。
振り返れば、筆者が北京に駐在していた1990年代末から2000年に取材したハイアールの張瑞敏氏、聯想(レノボ)の柳伝志氏、アリババの馬雲氏、邯鄲鋼鉄の劉漢章氏ら中国を代表する経営者も同じような思い切りの良さがあった。一国の経済成長はしばしば国内総生産(GDP)や輸出額で語られるが、実際には企業の成長力の総和であり、企業の発展は経営者にかかっている。優れた経営者が台頭する時に、国は成長する。その意味で、ベトナムは少なくとも一人の優れた経営者を持ったことで、成長力を実証している。
もちろんビンファストは依然として赤字経営が続いており、EV業界は世界トップに駆け上がった中国のBYDや米テスラなど強敵ぞろいで、生き残りすら容易ではない。だが、こうした大胆な挑戦者はタイ、インドネシア、フィリピンには現れない。ベトナムが東南アジアで最も潜在成長力を感じさせる理由は、ここにある。そこには政治との関係もある。タイでは新興IT企業家のピター氏が政治改革を志向したが、軍と既存勢力が手を握った勢力に抑え付けられている。次に東南アジアで驚かされる経営者が現れるのは、どこの国だろうか。
最新号を紙面で読める!