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まちの視点 二生ものの万年筆

商いは未来をより良くするもの。1本の万年筆にその思いを込める

日本一人口の少ない鳥取県の県庁所在地。その鳥取駅前の商店街にあるオーダーメード万年筆専門店「万年筆博士」では、ペン軸の長さや太さ、ペン先の角度やタッチ、そして全体のバランスやフォルム、それら全てを書き手一人一人に合わせた一本を作ってくれる。

そのため、製作に当たる前にはお客さんと作り手双方が納得するまでコミュニケーションをとり、書き癖、用途、筆圧、持ち方など十数項目を記録したカルテを作成する。その数は1万枚を超えるという。

「便り」と「頼り」

店主であり職人の山本竜さんが毎日10時間も工房にこもって生み出す万年筆は月に本がやっと。なぜなら、約400に及ぶ工程を重ね、1カ月以上をかけて生まれる万年筆は世界に1本しかないオリジナル商品だからだ。

その魅力に魅せられ、なんと顧客の2人に1人が2本目、3本目、4本目とリピートし、そればかりか積極的に万年筆博士の素晴らしさを伝道してくれるという。それ故、広告はホームページのみながら、その魅力は世界へ広がり、今ではオーダーの半分が海外からとなっている。

価格は素材により5万円から35万円で、平均価格は16万円。現在、注文から引き渡しまでに14カ月を要すが、価格を上回る価値は海外の愛好家をも魅了している。

そんな山本さんの元には、全国の顧客から、親しい友にしたためたかのような温かい手紙が届くという。もちろん、それらの便りは、お気に入りの万年筆博士によって記されていることは言うまでもない。 字典によると、「便り」と「頼り」の語源は同じだそう。確かに手書きの便りは、送る方にとっても受け取る方にとっても、気持ちを支え励ます頼りになってくれるものだ。

商いとは未来をつくるもの

「目指すのは一生ものを超えて二生もの」 そういう山本さんの言葉の通り、祖父や父が愛用していた1本がその孫や子によって持ち込まれることが少なくないとのこと。山本さんはそれら一つ一つを新しい使い手に合わせて調整、万年筆博士はまさに世代を超えて受け継がれていくという。

商業界ゼミナール創始者である倉本長治はかつて「商いとは未来をつくるもの」と説いた。それ故、そこに欺瞞(ぎまん)は許されず、愛と真実に裏打ちされなければ本物ではない。

かつて近江商人は、商いの要諦を「店よし客よし 世間よし」と表現した。異論はまったくないが、順番を入れ替え、一つ加えたい。 客よし 世間よし 店よし 未来よし 世代を超えて受け継がれていくものづくりの技術と精神、そこには未来を良くしたいという意思がある。それが商圏を超えて顧客に愛され続ける理由である。

(商業界・笹井清範)

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