航海に地図と羅針盤が必要なように、地域づくりにも現状を示す客観的なデータが欠かせない。今回は、千葉県北西部に位置する首都圏有数のベッドタウンで、人口約43万人を擁する千葉県柏市について、まちの羅針盤(地域づくりの方向性)を考えたい。
続く人口増加
柏市は、平坦な下総台地が大半を占め、JR常磐線、東武アーバンパークライン、つくばエクスプレスといった交通ネットワークの充実とともに首都圏のベッドタウンとして発展、市政施行時4万3千人だった人口は2010年に40万人を突破、35年の45万人まで増加し続けると推計されている。また、1日当たり乗降客数が20万人を超える日本屈指のターミナル駅「柏駅」を中心に商業施設が集積、そのにぎわいがまた域内外から人を集めている。
地域経済循環図を見ても、就業者の3割近くが東京都に通勤していることから分配段階の雇用者所得が流入、域内外から来訪者を集めていることから支出段階の民間消費も流入している。一般に通勤先で消費することからベッドタウンの民間消費は流出傾向になるが、それを超えて柏市は消費需要を集めており、商都としての魅力の高さがうかがえる。
また、ベッドタウンの常として商品・サービスは域外からの移輸入に頼るため、支出段階の域際収支はマイナス(所得が流出)であるが、域内総生産12兆円の9割近くを占める3次産業の移輸入超過は800億円にとどまっており、地域に相応のサービス産業基盤があることを示している。
住みたいまちランキングで上位に選ばれることも多く、現時点で死角はないようにも思われるが、都心50キロメートル圏内には、八王子市や武蔵野市などの都内自治体のみならず、船橋市や流山市など同じ県内にも多くのライバルがある。ベッドタウンという範疇(はんちゅう)にある限り、激しい都市間競争にさらされ続けることになる。将来を見据えると、独自の将来都市像を打ち出すことが課題である。
新たな都市像を形に
柏市としても、柏の葉キャンパス駅を中心とする地域でスマートシティを見据えた公民学連携のまちづくりを進めるほか、25年度から始まる第六次総合計画では「ベッドタウンからの転換」「ウェルビーイングの実現」といったコンセプトをうたうなど、人を中心とした取り組みで新たな魅力をまとう努力を続けている。
重要なことは、こうした取り組みによって、“目に見える形でまちが変わること”である。
柏の葉地域のまちづくりで連携している米国ポートランドでは、建物の1階部分のうち歩道に面する壁面を透明にする規制を設けるなどによって歩行者からの目線(アイレベル)中心にまちの構造をつくり替えている。柏市自身も、柏駅前に建設された日本初のペデストリアンデッキでまちの風景を変え、それに伴うさまざまな挑戦によって柏ならではのにぎわいを生み出す仕掛けを築き、現在のポジションを獲得した経験がある。物理的な変化によってこそ、まちの未来が具体化され、多くの人の五感に訴える魅力の源泉となる。
ペデストリアンデッキも、歩行者と車両の分離のためであり、真に人中心のウオーカブルなまちづくりを進めるのであれば、今度は撤去するという選択肢も出てこよう。突飛なアイデアのようだが、人口40万人を維持するためには日本の人口1億人のうち0.4%を強烈に引き付ける必要があり、万人受けする取り組みばかりでは意味がない。また、どのような変化が新たな魅力となるのか、その答えを探るトライ&エラーは、当面は人口が増える柏市にしかできない取り組みであろう。
リノベーションやコンパクトシティーといった機能維持の施策に甘んじることなく、また、イノベーションやウェルビーイングといったコンセプトにとどまることなく、地域に住む一人一人の目線から、まちをつくり替えること、つくり替える挑戦を続けること、これが柏市に求められる「まちの羅針盤」である。
(一般財団法人ローカルファースト財団理事・鵜殿裕)
