2025年は世界情勢の不確実性が一段と高まり、日本では憲政史上初めての女性総理として高市総理が誕生した。26年はどのような年になるのか。本紙コラム「石垣」執筆者に今後の日本と世界の展望を聞いた。
スタートアップ精神を鼓舞する年
宇津井 輝史/コラムニスト
少年時代、正月にはよくゴム動力の模型飛行機で友人たちと競った。好みは翼が羽ばたく「リリエンタール・グライダー」だった。
ドイツ人オットー・リリエンタールは飛行実験のパイオニアである。19世紀末、冒険家たちは命を賭して有人飛行に挑んだ。鳥の羽ばたきに拘り、上半身を翼に固定する方法で失敗が続いた。リリエンタールも1896年に墜死する。
これに発奮したのがアメリカのライト兄弟である。横揺れ安定を操舵によって維持する技術を開発し、1903年12月、59秒間に260メートルを飛んだ。これが人類初の有人動力飛行である。
空を飛ぼうとする人間は鳥を観察した。滑空の姿勢、翼の動き、尾の形。これらは鳥が数億年かけて完成したものだがヒトには羽根がない。そもそも人間は生物学的な進化のプロセスを省略することにした。科学技術を手にした人類だけが持つ戦略である。
鳥が空気に逆らわずに飛ぶのに対し、飛行機はプロペラやエンジンで空気を掘るように進む。重力に抗して上昇する揚力と、空気抵抗に逆らって進む推力のバランス問題を解決したライト兄弟の成功は、はじめから飛行機を商品として開発しようとするベンチャー精神にあった。
近世の日本にも空を目指した人物がいた。江戸中期の岡山に生まれた備前屋幸吉である。腕のいい表具師だった技術を生かし、竹の骨組みと布に柿渋を塗った翼を開発し、1785年に橋の欄干から河原に飛んだとされる。世間を騒がせた罪を咎められはしたが、1849年に英国のジョージ・ケリーが記録した人類初の有人飛行より64年も早かったことになる。
近年は独創性や挑戦スピリットが乏しいとされるこの国で、今年はスタートアップ精神を大いに鼓舞してほしい年である。
「成長の壁」越える政策元年に
神田 玲子/NIRA総合研究開発機構 理事
「午(うま)」の年が始まった。温厚にして力強く、古くから人の営みを支えてきた馬は、前進と飛躍の象徴でもある。その姿と呼応するかのように、デフレ経済から脱却した日本経済が、再び成長軌道に乗るとの期待が高まっている。しかし、いくつか心得ておかねばならないことがある。
第一に、経済成長の実現と、豊かな社会の実現とは必ずしも一致しないという点だ。米国はデジタル経済の勝者となり、高成長を達成したが、豊かな社会の実現に成功したとは言い難い。1人当たりの生産性は日本の約1.6倍だが、貧困率は18%と先進国の中でも最も高い。成長のみでは解決し得ない課題が存在することを示す一例だ。
第二に、仮に就業者1人当たりの計算で他国並みの経済成長を実現できたとしても、人口全体で見れば見劣りする結果となりかねない点である。日本の人口に占める65歳以上の割合は3割に上る。加速する高齢化は、人口1人当たりの生産性にも下方圧力を及ぼすことになる。
第三に、医療・介護分野といった非市場的性格の強い領域での生産性向上は容易ではないという点だ。高齢化先進国である日本では、医療や介護分野での技術革新が、日本の新たな強みになると期待されている。しかし、ここは規制の多い分野であり、今後、多様なサービスが高齢者に提供されるかは明らかではなく、生産性向上への道のりは決して平坦ではない。
これらの課題は、未来に立ちはだかる「成長の壁」ともいえるものである。
豊かな社会を実現するためには、乗馬で障害を越える時のように、手綱を引き締めて壁を飛び越えていかねばならない。午年の本年を、まさに「成長の壁」を越えるための対処策の議論を本格化させる政策元年と位置付けたい。
未来への贈り物
丁野 朗/観光未来プランナー
年の瀬を迎えた12月半ば、千葉県香取市佐原を訪ねる機会があった。佐原は古くは大和朝廷の東の最前線である香取と鹿島という二つの神宮を擁する重要な拠点であった。近世には利根川東遷による舟運が栄え、「佐原本町江戸優り」といわれるほどに繁栄した。小野川と香取街道沿いには商家や和風の町屋、洋風建築などの伝統的建造物と生業が残り、1996年には、関東で初の伝統的建造物群保存地区に指定された。
しかし、舟運の衰退で、無用になった小野川に蓋(ふた)をして駐車場を設けようとする動きもあった。もしこの川に蓋をしていたら、佐原は今日のような観光客にも人気の豊かな風情をとどめることはなかったであろう。 Heritageとは「遺産」と訳されるが、歴史的まち並みや景観を大切にする欧州の国々では「未来への贈り物」の意味で用いられる。
1970年代、小樽運河でもその価値を巡って世論を二分する大論争があった。その渦中、小樽を講演で訪ねた元通産省事務次官の佐橋滋さんは、埋め立てを戒め「歴史的投資(historicalinvestment)」という言葉を残した。先人たちの投資は、未来に喜びと恩恵を与えてくれるという意味である。
地域の歴史・文化資源の保全は、誠に厄介でもある。一時的には地域の経済発展の足かせとなることもある。まして重要伝統的建造物群のような面としてのまち並み保存は、これらを支える生業が維持されないと難しい。
まち並み保存といっても単に建物などを残すということではない。ここに住み続け、暮らしの中で生かすことが重要である。
成熟社会の今日、私たちは地域の歴史文化資源を「未来への贈り物」として後世に生かすという発想が求められているのではないか。
AI時代の高齢者採用
中村 恒夫/時事総合研究所 客員研究員
総務省によると、日本の高齢者は2025年に総人口の3割弱と過去最高水準に達した。内閣府の高齢者白書は、労働力に占める高齢者の比率が13%を超え、さらに上昇傾向にあると予測している。今や高齢者の従業員抜きでは業務は滞ってしまう企業が少なくないし、定年を事実上撤廃したケースもよく耳にする。
一方で、企業の人事担当者の中には、AIの普及に伴い「年配者にさまざまな手当てを支給するよりもAIに代替させた方が費用負担が少ない」「通勤途中で事故にでも遭ったら、労災になる」と話す人がいる。「敬語を使わなくてはいけないのが煩わしいと若手から不満が出る」こともあるようだ。
大手重機械メーカーを退職した知人はハローワークを経てスーパーマーケットの就職面接に臨んだが「あなたの経歴では似つかわしくない」と不採用になった。彼が働く場所を首都圏以外まで拡大したところ、甲信越の企業に就職が決まった。上場を目指す会社に、長年の内部監査業務の経験が評価されたのだ。
記者出身の別の知人は役員まで務めた後、関東近県の公立大学で文章指導を行っている。いずれも、AIではカバーできない仕事で、さらに新しい職場で働いている点が注目される。役職のなくなった雇用延長者は、年下の上司と難しい関係になりやすく、扱いに苦慮する企業は多い。
高齢者を採用する側も、自社の関係者にこだわらず、設定した業務内容を、その人物がこなせるかどうかだけに重点を置くべきだ。契約期間は短めにするとともに、分かりやすい評定制度をつくり、更新の際に参考にすると相手に伝えておく。上場準備中の企業で働く先の知人も「採用時に、条件を明示された方が働きやすい」と話していた。
今年、選挙の年のアメリカによって動く世界
中山 文麿/政治経済社会研究所 代表
アメリカは11月に上下両院の中間選挙が行われる予定だ。現在、上院の構成は与党の共和党が53議席、野党の民主党が47議席で、共和党が多数派となっている。今回の選挙では、上院の定数の100議席の3分の1が改選される。最近の世論調査によれば、改選される共和党議員の2選挙区と民主党議員の2選挙区の接戦が予想されている。一方、下院は、現在、トランプ大統領の共和党が219議席、民主党が213議席で、同様に共和党が多数派である。
11月の選挙では、下院の435議員の全員が改選される。そして、共和党議員の12選挙区と民主党議員の6選挙区が接戦とされている。こちらの議会も、現在のところ、どちらの党が勝利するかまったく予断を許されず、これからの1年のトランプ大統領が打ち出す政策がその行方を決める。
中国の習近平国家主席は不動産市場の価格調整や地方政府債務の取り扱いに関わる構造問題を抱えている。中国政府はハイテク産業の育成や内需拡大政策を通して国内経済の底上げを図ろうとするが、経済成長率は従来のような高度成長には戻らないだろう。対外的には、アジアを中心に中国の影響力の維持を図る一方、アメリカとの戦略的競争が長期化し、貿易・技術分野での摩擦が続くと思われる。台湾との統一問題は依然として習政権にとって最重要の政策的課題であり、その実現のための軍事的圧力は周辺地域の国際的緊張が生ずる恐れがある。
ロシアのプーチン大統領はウクライナ戦争を続けることから、ロシアに対する国際的な経済制裁が継続されることになる。同国は中国やグローバルサウスとの関係強化を進めることによって国際的な孤立の緩和を狙うが、欧米との対立構図は固定化され、政治的な孤立を完全に脱することは難しい。




