365日ほとんど休まず働いても低利益。廃業もよぎる状況下で、藤田酒店の業績を立て直したのが、三代目でアトツギの藤田圭一郎さんだ。家業に従事しつつ、自身の経験とスキルを磨き、地方学生向け長期インターンシップ求人サイトの運営会社やベンチャーファンドを設立。地域活性化の推進力になっている。
安定を求めて弁護士、そして起業家を目指す
JR岡山駅から徒歩約10分、繁華街の一角に藤田酒店はある。業務用酒類販売業を営み、近隣の飲食店からの電話注文を受けて15〜20分で配達する、〝即時配達〟が強みだ。創業は1975年だが、それ以前に初代が親戚から仕入れたしょうゆを販売していたという。商売っ気がなく、知人の連帯保証人として借金を背負い込み、あえなく倒産。再起を図ったのが二代目だ。
「借金返済、土地奪還に向けて、父は段ボールの回収業から始め、酒の卸売業に転じ、この土地を取り返しました。結婚を機に米販売会社に就職して、代表にまで上り詰めましたが、その間も酒店の営業を続けて、ほぼ働き通し。25年ほど前に店をコンビニエンスストアに業態変更しましたが、店の裏手で酒の卸は続け、米販売会社の代表を退いた後、酒店に一本化して現在に至ります」
そう語る三代目でアトツギの藤田圭一郎さんは、学生時代にアルバイトはしたものの、家業を継ぐ気は全くなかったという。
「安定した職を求めて、弁護士を目指しました。2004年に関西の大学で法学を専攻しましたが、当時は、終身雇用の崩壊やリーマンショック、SNSの台頭など、社会の変革期。いっそのこと就職より起業ではないか、そう思うようになりました」
起業セミナーに参加すると、登壇したYogiboの前身・ウェブシャークの社長に直談判し、長期インターン生となった。そこでの経験や出会いが、起業の礎になっていったと振り返る。
顧客ニーズをくみ取った無料サービスが収益に
「でも、起業のアイデアも資金もなくて、一度は電機系の会社の営業職に就きました。2年目に骨折と祖母の他界が重なって、家業を手伝いながら起業の道を探ろうと、12年に帰省しました」
〝腰掛け〟感覚で家業に入ったという藤田さん。酒の配達業務をしつつ、就業時間外に独学でITのスキルを磨き、ウェブデザインの制作も少しずつ始めた。
「1日約12時間、365日ほぼ休みなく働いても利益率は低いまま。そこで、新規の顧客獲得に向け、バーやスナックなどのナイト営業の店に飛び込み営業をしました。すると求人に困っている店が多いことが分かり、開設したのがナイト営業の飲食店に特化した無料の求人サイトです」
雑誌での求人募集が主流の時代、求人サイトは口コミで広がり、2〜3年後には有料広告のニーズが増えて収益化していく。
「ベッドで寝た記憶がないぐらい働いた」と苦笑する藤田さん。父親譲りの働きぶりで、15年にはサイト運営事業を法人化し、起業家としてスタートを切った。
