まだ記憶に新しい昨年のコメ価格の高騰。根本的な理由はさまざまだが、農業人口の減少も大きな要因だ。そんな中で、農業は人手と手間がかかり、もうからないという概念にとらわれずに大地に挑んでいる企業もある。農業を魅力的な新領域と捉えて可能性と商機を見いだした企業のビジネス戦略とは。
タマネギを消費者目線で品種改良 高付加価値の農作物市場を創出
北海道栗山町にある植物育種研究所は、野菜の新品種の開発や採種、農産物の生産や販売などを行っている。特に、タマネギの品種改良のスペシャリストで、生活習慣病を予防する成分「ケルセチン」の含有量を高めた品種「さらさらレッド」を独自に開発した。同社は、契約農家による栽培から販売まで一貫して行い、機能性タマネギとしてブランド化し、地域の特産品とした。海外でも事業を展開し、高付加価値の農作物市場の創出に取り組んでいる。
消費者の目線で品種改良 たった一人でゼロから独立
北海道栗山町は、札幌市から車で約1時間の、農業が盛んな地域である。同町にある植物育種研究所の「育種」には、品種改良という意味がある。
「野菜は、野に生えていた原種を、おいしくて栽培しやすいように品種改良したものです。その種がなければ、全ての農業は始まりません。種を開発する仕事は絶対なくならないし、世界中で必要とされています」と語るのは、同社代表の岡本大作さんである。
広島県出身の岡本さんは、北海道大学農学部を卒業後、大手種苗会社で品種改良の研究に従事した。従来の種苗会社は、生産者が栽培しやすく、機械収穫でき、日持ちがするなど、流通しやすい品種の種をつくるのが主な仕事である。しかし、岡本さんは研究者として、生産者や流通側の都合ではなく、「消費者目線の品種」を開発し、自分たちにしかできない付加価値の高い商品をつくろうと考えた。そこで着目したのが、マーケットが大きく、研究者や技術者が少ない「タマネギ」であった。
2000年に独立し、会社員時代から縁のあった栗山町で仕事を始めた。実家も農家ではなく、ゼロからのスタートだった。種苗業界は、社歴が200年、社員1000人という大手がほとんどである。品種改良は技術がまねされやすいため、畑すら見せないほど情報を出さない業界だ。しかも、どんなに独自の品種を開発しても、植物は特許があまり取れない。岡本さんは、自らの手で実績を示していくしかなかった。
ニーズがないと言われたタマネギ特化への道と苦労
岡本さんがタマネギに着目したのは、世界中で食べられている作物だからである。穀物やイモ類を除く野菜では、国内の作付面積でキャベツ、大根に次いでトップ3に入り、世界ではトマトに次いで多く食べられているのがタマネギといわれている。しかし、品種改良が難しく、研究者や技術者が非常に少ない。
「売り場に行くと、トマトは何種類も並んでいるのに、タマネギは種類が少ないですよね。タマネギは品種改良が難しいからなんです」と語る岡本さん。トマトならハウス栽培で1年に3回収穫でき、種も採れて、試験栽培も1年に3回できる。タマネギは種を採るだけでも丸2年かかり、試験栽培を5回するなら10年かかる。
独立当初、岡本さんが「健康にいい成分が2倍のタマネギをつくる」と宣言したとき、周りの研究者からは「そんなのニーズがない」「従来のタマネギを2個食べれば成分量は同じだ」と言われた。当時は機能性野菜という言葉すら、誰も使っていなかった。新品種のタマネギを商品化するには10年かかる。10年後には「おいしく食べて健康になりたいと思う人が増えているはずだ」と岡本さんはマーケットを予想した。しかし、当初は採算が合わず、研究費の捻出に苦労した。従業員を雇う余裕はなく、タマネギの品種改良の研究をしながら、伝票作成やマーケティングといった慣れない仕事も、全て自分でやらなければならなかった。
「さらさらレッド」を開発
周囲の冷笑を跳ね返し、岡本さんは03年に同社を設立。同じ頃、北海道大学大学院の博士課程に再入学した。基礎研究を重ね、後に博士号を取得した。岡本さんの研究が結実した代表作が、06年に発表された健康タマネギ「さらさらレッド」である。生活習慣病の予防・改善など多くの効能が期待される成分「ケルセチン」含有量を、通常の2倍以上に高めることに成功した。
もう一つの代表作が、切っても涙が出ない、辛みのないタマネギ「スマイルボール」だ。岡本さんは、タマネギの辛みのもととなる成分がない突然変異をつくり出し、量産化に成功した。これは大手食品メーカーと連携して商品化した。
こうした品種改良を地域経済と結びつけた舞台が、栗山町である。岡本さんは「さらさらレッド」を地元の契約農家に栽培してもらい、そのタマネギを自社で全量買い取り、選別、ブランド化して、卸やネットでの販売まで一貫して品質管理を行う。この仕組みこそが従来の種苗会社との違いである。「さらさらレッド」は、ほかの品種とは違うため、生産者にとっては手間がかかるが、同社は全量を安定した価格で買い取り、高価格帯で販売しているため、経営が安定する。現在は約15軒の契約農家が栽培し、年間約250tを出荷している。
商工会議所の支援で飛躍
この栗山町での取り組みを支えたのが、地元の栗山商工会議所である。まだ同社の実績がなかった06年頃、栗山商工会議所のサポートにより、「栗山町タマネギ オンリーワン地域ブランド促進事業」を開始。これにより「さらさらレッド」は栗山町の特産品として、全国発信の展示会への出展やPRが行われた。
「小さな会社がいくら『良いものです』と言っても売れませんが、商工会議所と一緒にやることで信頼を得ました」と岡本さんは振り返る。この事業がきっかけとなり、札幌市内の百貨店、全国のスーパー、インターネット、大手商社と連携した量販店、そしてふるさと納税返礼品へと販路を広げた。
北海道はタマネギの産地でもあり、全国の年間生産量の約6割を占めるが、春に収穫される本州以南のタマネギとは品種が違い、秋に収穫される。「さらさらレッド」も秋に収穫され、9月から翌年の3月頃まで出荷される。価格は、一般的なタマネギの1・5倍から2倍ほどと高いが、全国の百貨店などの野菜売り場、ネット販売も順調に伸びているという。ネット販売で購入した人の中には、手書きのお礼状を送ってくれるファンもいるそうだ。岡本さんは「私が開発した新品種のタマネギを、全国の消費者に食べていただけるようになってよかったです」と笑顔を見せた。
さらに「さらさらレッド」は、全国チェーンのスーパーのお総菜や、スープなどの加工品としても活用されている。いずれも「健康タマネギ使用」として、高付加価値の商品として高い支持を得ている。
持続可能な農業の未来
現在、同社は経済産業省の「地域未来牽引企業」や中小企業庁の「はばたく中小企業・小規模事業者300社」などに選定されている。従業員は6人だが、研究農場は4万m2、ビニールハウスは50棟を数え、世界中のタマネギ約1800種類を研究のために栽培している。タマネギの品種改良ができる人は世界的にも少なく、その技術力は国内の大手食品メーカーや飲食店チェーン、そして世界各国からも引き合いがある。今では岡本さんを頼って、遠方から栗山町へやって来るという。
同社は現在、海外でも事業を行っている。中国、米国、ニュージーランド、オーストラリア、ドイツなどのパートナーと連携し、地域に合ったタマネギの品種開発を行っている。特にモンゴルでは、種をつくる技術がないため、農業のスタートである種を自国でつくれるように技術を教えている。
「モンゴルは砂漠が多い国です。少ない水でも栽培できる技術を指導しながら、現地のためになるビジネスとして貢献していきたい」と語る岡本さん。ほかにもフィリピンやインド、インドネシア、ベトナムといった、これから人口が増え、市場が拡大する国々でのリサーチを進めている。
今後は、栗山町での機能性野菜の継続的な生産を守りつつ、海外展開をさらに加速させていく。アジアの発展途上国などにおいて、同社の技術によってタマネギの自国生産を可能にし、生産者の所得を上げ、消費者に安定供給できるビジネスを拡大していく考えだ。また、海外の先進国市場でも、付加価値の高い健康タマネギの市場創出にチャレンジしたいという。
「タマネギの研究には時間がかかるので、自社だけでは投資ができません。だからこそ、大手食品メーカーや商社、現地のパートナーと組み、プロジェクトとしてみんなにプラスになるビジネスをしたい」と語る岡本さん。消費者目線に立ち、ブレずにタマネギの専門家として可能性を掘り下げ続ける。若き日に「世界中で必要とされる」と信じた小さな1粒の種から、今、国境を越えた豊かな食と農業の未来が花開こうとしている。
会社データ
社 名 : 株式会社植物育種研究所(しょくぶついくしゅけんきゅうしょ)
所在地 : 北海道夕張郡栗山町中央2丁目45番地
電 話 : 0123-72-5680
HP : https://ikushu.com
代表者 : 岡本大作 代表取締役
従業員 : 6人
【栗山商工会議所】
※月刊石垣2026年7月号に掲載された記事です。
