体操ニッポン―お家芸と呼ばれる体操競技で、若きエースとして注目を集める岡慎之助さん。2024年のパリ五輪で金メダル三つ、銅メダル一つをつかみ取った勇姿は記憶に新しい。だが、本年9月から愛知・名古屋で開催されるアジア競技大会や、28年開催のロサンゼルス五輪に向けた戦いはすでに始まっている。世界最高水準の選手が、国内にひしめく下剋上の時代。五輪王者としての覚悟と、目指す到達点を聞いた。
逆上がりが上手な園児に次々と開く〝体操の扉”
日本の体操競技は不思議だ。中国、米国としのぎを削る世界屈指の強豪国だが、競技人口は極めて少ない。日本体操協会の男子体操競技選手人口は5003人、うち21歳以上の男性は587人(2025年2月現在・日本体操協会調べ)で、メジャースポーツとは決していえない状況だ。それでも、世界トップレベルの選手たちを倒さなければ、世界に挑戦する切符を手にできないほど、選手の層は厚い。その渦中で、今、若きエースとして脚光を浴びるのが、岡慎之助さんである。一体、どのようにして世界王者に登り詰めたのか。体操との出合いは07年、4歳までさかのぼる。
「保育園で鉄棒の逆上がりをしていたら、先生にすすめられたのが始まりです」
岡さんが暮らしていた岡山県は、全国的にも体操が盛んな地域。体操教室は難なく見つかり、岡さん本人も「やる!」と前のめりだったという。04年のアテネ五輪で28年ぶりに金メダルを獲得した体操男子団体総合の映像を何度も見ては米田功さん(後のコーチ)らの美しい演技に見入った。そして、「遊び感覚」だった体操が、小学校1年生で初出場した大会で一変する。恩師となる三宅裕二さんから声をかけられ、三宅さんが運営する「おかやまジュニア体操スクール」に小学校2年生から通うことになったのだ。同スクールは、県内で唯一、日本体操協会、全日本ジュニア体操クラブ連盟に加盟しており、当時からすでに国内トップレベルの選手が集う人気スクール。その狭き門が開かれたのだから、入らない理由はない。ここから岡さんの体操人生は一気に本格化した。
「体操の基本動作を徹底的に叩(たた)き込まれました。〝美しい体操〟が体操ニッポンの伝統です。美しくなければ何度もやり直す。そういう教えと環境の中で、反復練習を続けました」
華やかな技や大技をやりたがる子が多い中、岡さんは「やめ」と言われるまで、基本動作を地道に繰り返す子だったという。同スクールでは、小中学生が岡山市内の体操強豪校・関西高等学校で練習できるコースがあり、高度な技を習得できる環境も用意されていた。中学生になると、男子体操ジュニアナショナル強化選手に選ばれる実力を身に付け、中学3年生のときに全国中学校体操競技選手権大会で、個人総合と鉄棒で優勝、ゆかで準優勝するなど、頭角を現していった。
逆境は心身を鍛える好機 リハビリでも完璧を極める
そして、高校生になった岡さんは、一大決心をする。親元を離れ、神奈川県にある徳洲会体操クラブへの入部に踏み切った。
「徳洲会からお話をいただきました。実際に足を運ぶと、オリンピックで金メダルを目指すための最適な環境が整っていて、何より所属する世界トップレベルの選手たちと一緒に練習ができることに魅力を感じました」
だが、知り合いも土地勘もない環境での一人暮らしは、怖さと不安が付きまとった。さらに徳洲会は、選手の自主性を重んじる練習スタイルで、これまで詳細なトレーニングプログラムを提供されてきた岡さんは、相当戸惑ったという。
