創業以来、個性あふれるビールを次々と世に送り出しているクラフトビールメーカー、ヤッホーブルーイング。同社が平成9年に発売した「よなよなエール」が、それまで日本になかった味わいでコアなファンを獲得し、着実に売上を伸ばしている。ビールの製造、販売、流通の知識も経験もなかった素人集団が歩んできた試行錯誤の日々を追う。
仕掛人はあの人
近年、低迷しているビール業界において、唯一市場を拡大しているクラフトビール。その先頭を切っているのが、ヤッホーブルーイングだ。平成9年の創業以来、個性あふれるビールを開発。11年連続で増収増益を達成し、9年連続で楽天市場のビール・洋酒部門における「ショップ・オブ・ザ・イヤー」を受賞するなど、売上も注目度もナンバーワン企業に成長を遂げた。 その稼ぎ頭が「よなよなエール」だ。エールとは、原料の麦芽やホップをエール酵母で発酵させたビールで、フルーティな香りやほんのり甘さを感じるコクと苦味が特徴。この味わいは、同社創業者で星野リゾート代表の星野佳路氏が、アメリカ留学中に飲んだエールビールをモデルにつくったものだ。現社長の井手直行さんは説明する。
「日本で流通している99%は、ラガー酵母で発酵させた、スッキリした飲み口のラガービールです。その味しか知らなかった星野は、エールビールの味わいに衝撃を受け、『いつか日本でつくりたい』と思った。帰国して家業を継いだが、平成6年の酒税法改正により、ビールの最低製造数量基準が緩和されたことを受け、すぐに地ビール事業に参入したんです」
そこに集まったのが、井手さんを含む7人のメンバーだ。誰もビールづくりの経験のない素人だったため、原材料や製造工程、設備などを一から勉強しながら、レシピづくりに乗り出した。
全員参加で新たな味を目指す
それから試行錯誤の日々が始まった。モデルのエールビールの情報を元につくったつもりでも、なかなか狙った味が出ない。その原因がどこにあるのか分からないため、原材料の配合を変えたり、温度管理や工程を微調整したりして、さまざまなパターンを試した。そうして粘り強く試作を繰り返し、ようやく納得のいく味とレシピを見いだした。
ネーミングは「日本的」「覚えやすい」「気軽に飲める」などを意識し、スタッフ全員で数千種類のアイデアを出した中から絞り込み、最終的に毎晩家でくつろぎながら飲んでほしいと思いを込めて「よなよなエール」に決めた。デザインもどこか懐かしさを感じるものをと、花札の「すすきに満月」をイメージした図案を採用した。
「価格は『どれくらいの値段だったらビールを買うか』という調査結果をもとに決めました。もちろん安いほどいいけど、自分がおいしいと思えるなら、250円を切っていれば定期的に購入したいという回答が一定数あったんです。250円未満で利益を出すには、どれくらいで損益分岐点を越え、黒字に転換できるかをシミュレーションし、将来を見据えて248円(税抜)に設定しました」
平成9年7月に発売すると、出足は好調だった。当時、500円以上が大半だった地ビール市場において、大手ビールメーカー品とそう変わらない価格と、缶入りという手軽さが受けた。味への反応は「こんなになめらかで味わい深いビールは飲んだことがない」と絶賛するものから、「こんなのビールじゃない」と否定するものまで賛否両論あったが、地ビールブームの追い風に乗り売上を伸ばした。
ネット販売でヒット 新たな製品開発へ
ところが、その勢いは11年をピークに下降に転じる。ブームが去って、値段が高い、個性的過ぎる、品質が悪いといった地ビールに対するマイナスイメージだけが残り、扱ってくれる販売店が減少。売上の低下に歯止めが掛からなかった。地元ローカル局でCMを流したり、スーパーや酒屋に訪問販売したり、各地で試飲会を開催するなど打開を図るも売上に結びつかなかった。そんなとき最後に頼ったのがインターネット販売だった。
「多くの人に来てもらえるサイトにしようと、それまで数行だった製品説明を長文に差し替えたり、『よなよなエール』をつくったいきさつやビールへの思いなどをメールマガジンで配信しました。すると1日数件だったネット注文が100件以上に増えたんです」
新たなファンが誕生した一方、メルマガの雰囲気が気に入らないファンからの厳しい意見も寄せられたが、それにも1件1件丁寧に返信した。そうした地道な取り組みが奏功し、16年には売上がプラスに転じる。19年に初めて楽天市場の「ショップ・オブ・ザ・イヤー」を受賞すると、その評判を聞きつけて酒屋や小売店などから取引の申し出が相次ぎ、売上は急速に回復していった。
20年、井手さんは星野氏からバトンを渡され、社長に就任する。この節目に、それまでは「よなよなエール」のキャッチコピーだった「ビールに味を! 人生に幸せを!」を会社のミッションに掲げ、苦味を強調した「インドの青鬼」や、女性をターゲットにした「水曜日のネコ」などを生み出し、大手メーカーとは一線を画した商品づくりに取り組んだ。
26年には、若い世代をターゲットにした「僕ビール、君ビール。」をローソンと共同開発する。若者の「ビールはおじさんの飲み物」というマイナスイメージを覆すべく、若い果実のようなフレッシュな味わいに仕上げて限定販売したところ、3カ月分が1カ月で完売。昨年の秋からレギュラー製品になり、相乗効果で「よなよなエール」の拡販にもつながった。
「今後も『こんなビールがあったんだ』という製品をつくり、日本に新しいビール文化を創出して、飲む人を皆幸せにしたい。その一環で、毎年『超宴(ちょううたげ)』というファンイベントを開催しています。昨年は650人ほど集まりましたが、2020年には全国ドームツアーを開催するのが目下の目標。その様子を日々妄想しています(笑)」
今や飛ぶ鳥を落とす勢いの同社は、次なる野望の実現に突き進んでいる。
会社データ
社名:株式会社ヤッホーブルーイング
住所:長野県北佐久郡軽井沢町長倉2148
電話:0267-66-1211
代表者:井手直行 代表取締役社長
設立:平成8年
従業員:122人(平成28年3月)
※月刊石垣2016年4月号に掲載された記事です。
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