昭和26年に高知県宿毛(すくも)市で創業し、学校給食や喫茶店などで使うパンの製造卸をしてきた菱田ベーカリー。同社が40年代につくり始めた「羊羹(ようかん)パン」は、おやつやお茶うけとして地域に親しまれてきたが、3~4年前から域外にも販路を拡大。そのどこか懐かしい味わいが甘党の舌を捉え、年間販売数が3万個から35万~40万個へと、破竹の勢いで売れ行きを伸ばしている。
甘党文化が生み出した〝甘さ上塗り〟のパン
世の中には、意外な組み合わせでヒットした食べ物がたくさんある。チョコレートをコーティングした柿の種や、コーンスープ味のアイスなどはその好例だが、基本的に相反する味のコラボであることが多い。その点、あんパンの表面にようかんをコーティングした「羊羹パン」は、「あんこ on あんこ」というありそうでなかったヒット商品といえるのではないだろうか。
「そもそも羊羹パンが、いつどこで発祥したのかよく分かっていません。北海道や静岡県にもあるようですが、高知県南西部で食べられているものとは形や中身が違い、関係性があるかは不明です。伝え聞くところによると、この地域でつくられるようになったのは、焼き過ぎて焦げたパンの表面をごまかそうと、茶色いようかんを塗って売ったのが始まりとか。その場しのぎのアイデアから、ご当地の名物パンが生まれたというのもおもしろい話です。その後県内に広がり、かつては高知市内でもつくっていたようですが、今でも残っているのはこの辺りだけで、製造しているのも当社だけになってしまいました」と菱田ベーカリー専務の菱田仁さんは説明する。
同社は昭和26年に宿毛市で創業し、主に学校給食や喫茶店用のパン、和菓子などの製造卸を営んできた。羊羹パンをつくり始めたのは40年代だった。紅白まんじゅうに「祝」の文字を描くためのようかんが余ったため、もったいないからとあんパンの表面に塗ってみたのがきっかけだという。
二種類の味がするレシピを見出す
同市は昔から対岸の九州との交流が盛んで、砂糖が豊富に手に入ったことから、甘党文化が根付いている土地柄でもあった。あんパンとようかんが同時に味わえる同商品は、農繁期のおやつやお茶うけに重宝され、地域に定着していった。見た目はシンプルな同商品だが、ようかんと中のあんこのバランスにはこだわっているという。例えば、あんこはパンの中に入れると、水分を吸ってパン生地をパサつかせる原因となるため、同社では水分が多めのあっさりしたこしあんを使っている。一方、ようかんはあんこより若干糖度が高くなるのが一般的だ。それらの特徴を踏まえ、口に入れたとき、ようかんはようかん、あんこはあんこの味がするように何度も試作を繰り返し、ようやくパン1個の総重量100gに対し、ようかんの厚みは3~4㎜、ようかんを含むあんこの配合率は約60%というバランスに落ち着いたそうだ。
「もともと決まったレシピがあったわけではなく、職人たちが味を受け継ぎながらつくってきました。基本的に昔も今もそう味は変わっていないはずですが、近年では時代のニーズに合わせて糖度を低めに抑えたり、添加物を極力使わないように改良しているので、今はきちんとレシピ化しています」
どちらかといえばコッペパンや食パンなどをメインに扱ってきた同社が、羊羹パンに力を注ぐようになったのは3~4年前からだ。それまで地域を相手に安定した経営を続けてきたが、人口減少に伴って、売り上げに大きな割合を占めてきた喫茶店の数が減少してきたことがきっかけだった。それに代わる販売先を域外に開拓する必要を感じたのである。同社の看板として紹介するなら、長年地域に親しまれ、かつ域外ではほとんど流通していない同商品が最適と考えたのだ。
「昭和レトロ」をコンセプトに商品をPR
そうした方針の下、展示会にも積極的に出展し始める。当初は商品パッケージが紙製で、中身が見えなかったために、見向きもされないという経験をした。そこから見た目の重要性に気付き、パッケージや販促物にもこだわるようになった。
「広く世間に認知してもらうには、コンセプトが必要です。それで当社の特徴は何かと考えてみたところ、〝懐かしい味〟なんじゃないかと。宿毛の人が日常的に口にし、親しみ、記憶に刷り込まれた素朴な味わいこそ当社の持ち味です。それを『昭和レトロ』と表現して、発信していくことにしました」
その手始めに、商品パッケージを中身がひと目でわかるように透明にし、菱田家の家紋をあしらった和風なデザインにリニューアルした。さらに、創業者が配送に使っていた軽トラの前で撮ったセピア色の写真をPOPに使用し、古き良き時代を思い起こさせるイメージを演出した。すると、大手百貨店の催事や駅構内での期間限定販売など、徐々に引き合いが来るようになる。パンと和菓子の中間のような商品であるため、購買客のメインは中高年層と想定していたが、むしろ新鮮に感じるのか、20~30代の若い世代にもよく売れた。そうした経験から得たことを、次の展示会に反映させてPRを展開したところ、東京の成城石井との商談が成立し、売り場の定番品として採用される。それを機に、他店からも声が掛かるようになり、関東を中心に広く売られる商品となっていった。その結果、域内で販売していたころは3万個程度だった年間販売数が、昨年1年で35万~40万個と10倍以上に急増した。
地域で当たり前のように食べられてきた味を、全国区の商品へと脱皮させた菱田さんは、次なる展望をこう力強く語った。
「宿毛市はある意味で東京から最も遠い場所にあるといえますが、ここから拠点を移そうとは考えていません。そこでネックとなる物流コストを今後さらに見直し、製造力を高めて、年間100万個を超えるヒット商品を目指したいですね」
会社データ
社名:有限会社菱田ベーカリー
所在地:高知県宿毛市和田340-1
電話:0880-62-0278
代表者:菱田征夫 代表取締役
設立:昭和26年
従業員:9人
※月刊石垣2016年11月号に掲載された記事です。
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