後継者不足や外国産の農産品に押されている日本の農業。とはいえ、国内産ならではの品質や安全性には絶大な信頼が寄せられている。そこで、農業生産者と連携し、その地域独自の商品を開発して新たなビジネスに挑む各地の企業の取り組みを追った。
事例1 捨てられていたスイカに商機あり! 「健康」をテーマに地域を豊かにする
地域とともに(秋田県横手市)
雪まつりで知られる秋田県横手市は、夏の風物詩、スイカの県内一の産地でもある。良質なスイカを育てるには、約8割を成長途中で摘果、廃棄しなければならない。だが、その未成熟スイカにこそ健康に役立つ成分が多いことに着目。秋田大学と市が共同開発したスイカ抽出成分を、地元企業「地域とともに」が商品化にこぎつけた。
秋田の農産品に着目し行き着いたスイカ糖
「前職で健康食品の素材を探し求めて全国を巡ったことがあります。その経験を生かし、地元、秋田の土を調べてみると、肥沃(ひよく)で良質な農作物が取れることがわかりました。灯台下暗しです」
開口一番そう語るのは「地域とともに」の代表社員、松井範明さんだ。秋田県横手市出身で、医療業界、健康食品業界を経て、2016年6月に「地域とともに」を設立。秋田県内の資源を活用したオリジナル商品、健康食品の企画・開発を行っている。最初に手掛けたのがニンジンやじゅんさい、山うどやアスパラガスなどの伝統野菜や秋田県の食材を使った「あきた美人ピクルス」のシリーズだ。なかでも、生産量国内トップクラスの三種町のじゅんさいを使ったピクルスは「あきた食のチャンピオンシップ2017」(第37回秋田県産特産品開発コンクール)で奨励賞を受賞した。事業は好調な滑り出しを見せたが、松井さんは苦笑する。
「秋田は漬物文化が長く盛んで、高齢な方の貴重な産業にもなっています。私が参入することで競合する選択ではなく、ピクルスで勝負することにしました。塩分も控えめで、ヘルシーなイメージもありますからね。しかし健康成分としての値は顕著ではなく、期待できる『あきた伝統野菜』を仕入れるには莫大なお金が掛かります」
そこで、松井さんは農家が規格外で市場に出さない、出せない農作物に着目し、伝統食の「スイカ糖」に行き当たる。これはスイカの果汁を長時間煮込んだジャムのようなもので、1960年ごろからスイカ生産が始まった横手市東部の雄物川地域で規格外のスイカの有効活用として生まれた特産品だ。スイカは腎臓に良いと聞いていたことがあった松井さんは、県の農業政策課へスイカの成分調査に関する相談を持ちかけた。
「返ってきた答えが、秋田大学ですでに研究済みで、横手市と共同開発し摘果した未成熟のスイカから抽出した成分『BWEエキス』というものがあるというんです」
大学と市もBWEエキスを生かせる企業を探していた。産学官連携の最後のピースがはまった瞬間だ。
農商工連携の補助金を活用し、自己資金100万円でスタート
このBWEエキスとは何か。「Baby Watermelon Extract」の略で、研究結果から血圧を強力に上昇させる物質ACEの働きを阻害する作用が、成熟したスイカよりも強いことが判明した。さらにむくみや高血圧改善に役立つアミノ酸「シトルリン」の含有率が高く、抗酸化作用も高いことから美肌効果も期待できる。
「スイカは通常、1本の苗から10〜15個の実を付けますが、良質なスイカを育てるために8割は未成熟の状態で摘果しなければなりません。捨てるにはもったいないと、農家の間でスイカ糖がつくられるようになったわけです。その一方、BWEエキスとして開発されており、しかも9年かかって特許申請が下りたというタイミングでした」
次の課題はBWEエキスの量産に協力してくれる農家探しだが、松井さんの夫人の実家が、秋田のスイカ生産の7割を占める横手の雄物川エリアにあるという縁で、農事組合法人「館合ファーム」を紹介してもらう。すると二つ返事で協力が得られた。
「廃棄していた摘果スイカは農家にとっても処理の手間や費用、悪臭などで悩みの種だったんです。舘合ファームは30代が中心の若い法人で、提携により事業の長期的な見通しが立てられたのも幸いでした。まさに渡りに船です」
試作品開発や展示会出展など、資金調達に約500万円は掛かると算出する。そこで松井さんが活用したのが、農商工連携支援による補助金だ。これなら資金の5分の4が補助され、自己資金100万円でスタートが切れる。
「原料の仕入れ、試作品の開発、ブランドロゴやパッケージデザインなどを全て補助金で賄えた点は非常に大きいです。ほぼ1年間、資金を心配せずに多角的にテストできました。よこて市商工会や『あきた企業活性化センター』には農商工連携の取り組みを教えてもらい、横手商工会議所からは販売計画の支援をいただき、さまざまな公的支援があったからこその事業化といっても過言ではありません」と笑顔で語る。
東京ビッグサイトへの出展で事業が本格的にスタート
展示会への出展もしかりだ。2018年1月に東京ビッグサイトで開催された、〝健康〟をテーマにした国内最大のビジネストレードショー「健康博覧会」への出展が、BWEエキス事業に拍車をかける。3日間の開催で出展費に約50万円掛かるところを自己負担約10万円に収まることで出展に踏み切れたという。会場では聞き慣れない「BWEエキス」に注目が集まり、3日間で130社と商談し、うち8社が後日横手市まで足を運んでくれ、本格的な交渉が始まった。その中で東京にある原料サプライヤー1社と独占契約を結ぶ。
「出荷量が限られているので、独占契約して手堅く事業を進めていこうと思いました。代理店ができたようなものです」(松井さん)
同時に試供品1300個を健康博覧会で商談した130社に加え、地元の大学や農業関係者、自治体に配布し、PR活動も積極的に行った。横手商工会議所も商談会の開催や新聞・雑誌などのメディアPRに尽力し、人気の健康雑誌で紹介されるや否や、「血圧の数値が下がった」「足のむくみの悩みが解消された」など、読者からの反響が届く。
東京の展示会、東京の原料サプライヤー、そして東京の出版社の雑誌の反響と、東京で話題になったことで地元・横手でも注目されるようになっていく。秋田県内でもBWEエキスの仕入れの申し込みが入るようになり、その量も昨年は20㎏、そして今年は100㎏の注文が入った。こうなるとスイカの確保が課題になる。BWEエキスは1tのスイカから100㎏しかつくれない。原料サプライヤーからも500㎏の要望があり、作付面積5000坪以上を確保する必要性が出てきた。
農商工ならぬ農商福連携で福祉分野への貢献図る
現在、地域とともにと提携している農家がスイカを栽培している農地は約7ha、東京ドーム1・5倍に相当する。これをさらに拡大するのは容易ではない。
「雄物川エリアで栽培されているスイカは、秋田県のオリジナル品種『あきた夏丸』で、高級ブランドとしてスイカ表面は爪痕一つ付けずに出荷しなければなりません。収穫は傷を付けないように両手に1つずつ抱えて運ぶのがやっと。重労働で、神経を使う作業です。しかし、未成熟の小さなスイカなら収穫も楽で、表面に多少傷があっても抽出には支障ありません。それに成熟スイカは年1回しか収穫できませんが、未成熟なスイカなら年5、6回の収穫が見込めます。シルバー世代でも続けられる農業スタイルが確保できるのではないかと、今年からBWEエキス用のスイカ栽培を試験的に始めました」と松井さん。うまくいけば、量産が期待できる。米をつくった場合の農地1枚(約300坪)あたりの収益を農家から聞き取りし、この事業でも同等もしくは上回る収益を見込んで、BWEエキス商品の価格を算出し、値引き交渉には応じないことで農家の収入確保も試みている。
また、あきた美人ピクルスの製造を委託していた地元の福祉工場にも協力を仰ぎ、スイカの収穫、カットやパッケージング、ラベル貼りなど幅広く業務を依頼し、福祉分野への貢献も図る。
「農商工ではなく、農商福連携です。BWEエキスを通じて、農商工、福祉や教育機関ともつながって、まちを活性化させる共同体ができればというのが長期的なビジョンとしてあります」と松井さん。BWEエキス以外にも、「矢萩信夫博士の日本産冬虫夏草」や「グルコサミン+プロテオグリカン」などの健康食品を扱うなど、一貫して〝健康〟をテーマに手堅くビジネス展開を進めている。
地元の特産品であるスイカによる農商工ならぬ農商福連携は始まったばかり。今後に期待が高まる。
会社データ
社名:合同会社地域とともに
所在地:秋田県横手市猪岡字水上70-9
電話:0120-973-218
代表者:松井範明 代表社員
従業員:4人
HP:https://community-with.com/
※月刊石垣2020年5月号に掲載された記事です。
最新号を紙面で読める!