新たな経営戦略として注目を集めている「健康経営」だが、“どこから手をつけていいのか分からない”と二の足を踏んでいる経営者も多い。しかし、自社に適した「健康経営」を採用することで社内環境や社員の意識が劇的に変化し、業績が上がった企業も多い。各地の企業が取り組む「健康経営」に迫った。
総論 健康経営は経営課題の解決策 経営者の強いリーダーシップで戦略的に推進する
堀口 麻奈(ほりぐち・まな)/東京商工会議所認定 健康経営アドバイザー
健康経営とは何なのか、どのように始めたらよいのか、会社にどんな効果をもたらすのか─。多くの経営者が持つこれらの疑問に関して、数多くの企業にアドバイスをしている堀口麻奈さんに、中小企業に適した健康経営の取り組み方について聞いた。
投資と考え企業の課題への評価指標を決めておく
─健康経営とは何ですか。
堀口麻奈さん(以下、堀口) 健康経営とは「重要な経営資源である従業員が最大限に能力を発揮できるよう経営戦略的にコントロールしていく手法」であり、イキイキとしたパフォーマンスの高い従業員というリターンを得るために投資をすることです。コストではないとご理解いただきたいと思います。健康“経営”なので経営者が主となって行うべきで、事業計画や採用計画と同じように戦略的に考えることが大切です。
また投資なので、必ず評価の指標を決めておくことが重要です。健康経営で解決したい課題は企業ごとに違うため、解も異なりますし、指標も違います。何の課題のためにどの指標を見るのかを、経営者はじめ社内で理解していないと、結局コスト扱いになり、いつの間にかやらなくなってしまいます。図1の成果Bという最終的な目標のために、どの成果Aを求めるのかを明らかにしてください。
─健康経営は何のために行うのですか。
堀口 健康経営は、企業の経営課題を解決する策の一つです。そのため、自社の経営課題の中に健康経営で解決できそうなものは何かという目線から始めるのがいい。例えば、15人程度のとある建設会社は、離職率は非常に低いのですが、従業員の平均年齢が年々上がっています。それにより高血圧など健康リスクの高い従業員が増えたことに気付き、事業計画の中に健康施策を組み込みました。また、その業種柄ブラック企業が多いというイメージを持たれ、それを払しょくして入社希望者を増やすために、経済産業省の「健康経営優良法人」の認定を受けようという企業もあります。
このように課題はさまざまですが、従業員が高いパフォーマンスを発揮できるような心身づくりのために職場側から生活習慣を改善することで、コミュニケーション向上や組織の一体感につながり、ひいては安定した企業活動に寄与します。
─今、健康経営が中小企業に求められている理由は何ですか。
堀口 人手不足が一番の理由で、一人一人の生産性を上げることが、中小企業であればなおさら求められます。そのためには従業員の健康を会社がコントロールすることが重要になってくるからです。
一方、大企業はどちらかというと企業ブランディングの面が大きい。優秀な人に入社してもらうには、今は会社名だけではなく、働き方改革をしっかり進めて、従業員に優しい会社というイメージが求められています。その中で対外的に分かりやすい評価として「健康経営優良法人」の認定があります。また、「ホワイト500(*)」の企業は健康経営の普及も必須とされており、今後、取引先の中小企業にも健康経営を求めるケースが多くなってくると思います。
地域差より職場環境に左右される生活習慣
─食生活や生活習慣には地域差もあるのではないですか。
堀口 実際には地域差より職場の方が影響の大きいことが、当社実施の「8都道府県19社の従業員1万3582人の健康調査」で分かってきました。食生活や生活習慣はプライベートなことのようですが、会社勤めの人が一日の中で一番長くいるのは会社です。例えば、昼食をゆっくり取る時間がなくおにぎりだけや丼ものをかき込んで済ませたり、残業が多いと夕食が寝る直前になってしまったり睡眠時間が十分にとれなかったり、飲み会が多ければ飲酒量も増えたりするなど、生活習慣は職場に大きく影響されるのです。
また、同じ会社でも部門によって変わってくるものもあります。例えば営業職とそれ以外の職種を比較すると、営業職の人の方が不健康な生活習慣のことが多く、健康診断結果も悪い数字が出ています。これは、営業職はどうしても顧客優先で動き、生活習慣を自分でコントロールしにくいことが理由として考えられます。
つまり生活習慣は、職場の環境によって、大きく変わってきます。だからこそ、会社全体で健康経営に取り組んでいく必要があります。
─健康経営を始めるには何をしたらいいですか。
堀口 まずは会社として推進するために担当チームをつくることです。保健などの専門知識は健康保険組合や健診機関に相談し、商工会議所も健康経営支援を行っているのでご活用ください。オススメしないのは、従業員の参加を促すために商品券などインセンティブを出すことです。インセンティブを出した企業と出さなかった企業で施策の参加率を比較したところ、出さなかった企業は初動の参加率は低かったものの、施策を実施するたびに伸びました。一方出した企業は、出さなくなると参加率はガタ落ちし、出さなかった企業の初動よりも悪くなりました。
その反対にお金をかけた方が良いのが、健康診断の検診項目にがん検診や婦人科検診を加えることや、就業時間中でも健康診断に行けるようにすることです。これで健康診断を受ける人が増えれば、従業員全体の健康状況が分かり、会社にどれだけ健康リスクがあるかが分かるので、経営判断の重要な指標になります。
仕事のパフォーマンスが落ちている人に関連性の高い自覚症状がイライラ、落ち込み、慢性疲労でした。これらの人に共通している生活習慣は、主食のみで食事を済ませる、睡眠による休息が不十分、お昼時間が不十分、栄養・休養といった「英気を養う時間」が少ないことなどであることも分かりました。
これらは、会社が解決できることです。従業員が昼食をきちんと取っているか、残業が多くないか、有給休暇を取っているか、この三つを確認することから始めましょう。それらの改善により個人のパフォーマンスが上がり、それが最終的には業績アップにつながります。
継続的に取り組み 会社への満足度を高める
─健康経営を行うことで会社の何がどう変わるのですか。
堀口 健康が労働生産性に影響のあることが調査で分かっています。弊社が沖縄県で働く約1800人に行ったアンケートの「体調不良がないときに発揮できる仕事の出来を100%とすると、過去4週間の出来は何%でしたか?」という質問で、回答の平均値が76%でした。これを従業員50人で人件費が一人平均300万円の企業に当てはめると、年間3600万円も無駄にしたことになります。これはあくまでも目安ですが、健康経営を費用対効果から見る指標の一つにはなります。
また、健康に気を配ることで社内でのコミュニケーションが増えます。社内では仕事の話以外、共通の話題がなかなかありません。健康経営を始めたことで「歩数イベントで上位だったけれど、普段は何をしているの?」とか、「なんであんなに歩けるの?」という話になり、「釣りをやっていて」「マラソンをやっていて」と趣味の話をするようになり、社内の風通しがよくなったという声も聞いています。
それに加えて、特に中小企業では、社長の話が従業員に通じやすくなるということもあります。社長が経営のことを従業員に話してもなかなか伝わりませんが、健康経営を通して話をすると、会社が従業員のことを考えていることが伝わり、従業員も聞く耳を持ってくれるようになるからです。実際、会社への満足度が健康経営に取り組む前より上がったと感じる従業員が3割いました。
そして、健康経営は一過性のもので終わらせてはいけません。継続的に改善していく必要があるもので、経営者の強いリーダーシップで自社に合った持続可能な健康経営を見つけてください。図2を参考に、経営者ご自身が楽しみながら取り組んでいくのが一番です。
* 大規模企業の健康経営優良法人に与えられた通称。2020年からは健康経営度調査結果の上位500法人のみが「ホワイト500」に認定される
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