全国有数の金属加工製品の産地として知られる新潟県燕市で、スプーンやフォークなど金属洋食器(カトラリー)の製造・販売を行っている山崎金属工業。ノーベル賞授賞式後の晩さん会に採用されるほど高品質な製品が主力の同社が、2017年に発売した“常識破り”のカレー専用スプーンが、カレーマニアの支持を集め、着実にファンを増やしている。
買い替え需要の少ない商品を買ってもらうためのアイデア
今や「国民食」とまで言われるようになったカレーライス。使うスパイスや具材、つくり方に一家言を持つ人は少なくない。しかし、それを食べるスプーンにこだわる人はどれだけいるだろうか。そんな状況下で、売れ行きを伸ばしているカレー専用スプーンがある。2017年に山崎金属工業が発売した「カレー賢人(けんじん)」だ。
同商品には二つの種類がある。一つは、皿形状が大きくて、深いくぼみが先端寄りにつくられている「キャリ」。もう一つは、スプーンの先端部分がヘラ状になっていて、具材を切りやすくした「サクー」だ。
「当社は高級カトラリーをメインに製造、販売してきましたが、カレー専用スプーンはこれまでの常識を覆す意気込みで開発しました」と社長の山崎悦次さんは振り返る。
同社は長年にわたり、欧米への輸出を主軸に事業を展開してきた。ノーベル賞授賞式後の晩さん会用オリジナルカトラリーの製作依頼されるほど高品質な商品を多数扱ってきたが、円高で売れ行きに陰りが出てきたのを機に、国内向け商品にも力を入れるようになった。
「しかし、一般家庭ではスプーンやフォークをこまめに買い替えたり、メニューに合わせて使い分けたりするようなことはあまりしません。そこで気軽に1本単位で買ってもらえるものをつくろうと考え、着目したのが国民食であるカレーライスだったんです」と開発のきっかけを工場長の山崎修司さんは語る。
カレー店やカレーマニアに徹底してヒアリング
15年秋に開発に着手した時点で、すでにカレー専用スプーンは市場に存在していた。そこで同社はユーザーの声を開発に反映しようと、東京のカレー激戦区である神田神保町で1000円以上のカレーライスを提供する店を訪ね、スプーンにまつわる不満や要望をヒアリングすることにした。何度も東京に足を運び、1日4~5軒ペースで食べ歩く中で気付いたことは、皿とスプーンのバランスの悪さだった。最近は大きなカレー皿が使われる傾向にあり、スプーンが皿の中に落ちてしまうのだ。
「それをヒントに柄を長くした試作品をつくり、再びカレー店を訪ねて感想を聞き、また試作するというのを繰り返しました」(修司さん)
そんなある日、「神田カレーグランプリ」というイベントがあることを知る。来場者の投票によって、神田神保町界隈(かいわい)のカレー店ナンバーワンを選出するものだ。早速実行組織である神田カレー街活性化委員会を訪ねてみたところ、同イベントで実施しているスタンプラリーで全店制覇したカレーマニアの人たちを紹介され、話が聞けることになった。
「特に参考になったのは、カレーマニアの女性から『小さいスプーンで食べてもカレーはおいしくない』と言われたことです。スプーンの大きさを決めるのに、口の小さい女性を考慮して小さめにすべきか迷っていたんですが、そのひと言で大きく深くしようと決めました」(修司さん)
こうして柄は長く、皿形状は大きくて深いという原形が固まった。従来品と比べてすくえる容量が多くなった分、ルゥ、具材、ライスがバランスよくのせられるようになった。カレーマニアにも好評で、このスプーンを使った子どもから「スプーンの上に小さなカレーライスができた」といううれしいエピソードも寄せられた。
さらにヒアリングを続けると、「最後のご飯1粒まで食べたいのになかなかすくえない」という声を耳にする。また、カレーの大きな具材が従来のスプーンでは切りづらいことも分かった。そこで、通常は左右対称になっているスプーンの先端を、斜めにカットしてヘラ状にしてみた。ナイフのように具材が切りやすい上に、皿に残ったルゥやご飯粒も寄せやすい。
「スプーンの常識からいえば、深さは左右対称につくります。それを非対称にするわけなので、何を基準に角度を決めればいいのか、試行錯誤の連続でした」(修司さん) こうして徹底したヒアリングと試作の末、ユーザーの食べ方や好みに合わせて選べる2種類のカレー専用スプーン「カレー賢人」が完成した。
SNSを活用した口コミの拡散に取り組む
発売当初、同商品は同社のオンラインショップのみでの販売を考えていた。そんなに売れるとは考えていなかったことと、手ごろな価格に抑えるためだ。
「廉価なスプーンの製造工程は6~8程度ですが、『カレー賢人』は30工程近くかけてつくっています。個人ユーザーに手が届きやすい価格設定や、直接商品に対するご意見などの声を聞くため、売り方を工夫したんです」(悦次さん)
1本1350円(税込)の価格は決して安くはないが、従来品にはない形が多くのメディアに取り上げられたこともあり、SNSで口コミが拡散。もともと生産量も多くなかっただけに、時折欠品を起こす事態になった。現在までの累計販売数は約2万本で、「サクー」の方がやや売れているという。
「販売にあたっては、ファンの方に『自分も使っているよ』と投稿してもらうなど、SNSを活用した口コミの拡散に力を入れてきました。もともと『カレー賢人』はファンの声を元につくった商品なので、今後もファンとつながりながら販促活動をしていきたい」(悦次さん)
現在、お客さまの声を取り入れた同シリーズの商品を検討中だという。果たしてどんなスプーンが誕生するか楽しみだ。
会社データ
社名:山崎金属工業株式会社(やまざききんぞくこうぎょう)
所在地:新潟県燕市大曲2570
電話:0256-64-3141
HP:http://www.yamazakitableware.co.jp
代表者:山崎悦次 代表取締役社長
設立:1952年
従業員:55人
※月刊石垣2019年5月号に掲載された記事です。
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