事例1 経営者が「イクボス」となり大家族的経営を現代流解釈で実践
山豊(広島県広島市)
「中堅・中小企業の場合、経営者こそ積極的にイクボスになるべきだ」と語る山豊社長の山本千曲さん。なぜならば、規模が小さいほど経営者と従業員の距離が近くなり、会社の方針や目標などはトップダウンの方が社内に浸透しやすく結果につながるからだ。山本さんが勧めるイクボスとは――。
企業力は人間力 働きやすさを制度化
広島市にある山豊は漬物を中心とした食品製造会社だ。食品工業試験場(現食品工業技術センター)の研究員から転職した創業者の山本豊さん(現会長)は、当初から社員一人一人に目を配る大家族主義的経営を目指していた。理由は「山豊の味」の伝承と、その味を生み出す社員に長く働いてもらうためである。こんなエピソードがある。平成3年、交通インフラとして広島市新交通システム・アストラムラインの建設が決まり、車両基地予定地で操業していた山豊は、現在の地に移転することになった。移転にあたって先代(豊さん)が懸念したのは、水(地下水)が変わることと人が辞めることだった。とりわけ社員についてはしきりに心配していたというが、パートを含めて大半の社員はついてきてくれたという。
10年11月、社長を引き継いだ山本さんは、大家族主義的経営を継承し、性別や年齢を問わず働きやすい環境を整えてきた。創業者の時代から女性や高齢者が働きやすい職場環境ではあったものの、そのことを社員の目に見える形で示す必要があった。
「山豊は人がやらないこと、できないことを先駆けてやるという『広島魁(さきがけ)の精神』を経営理念の一つにしています。それを実現するために企業力は人間力と位置付け、人に優しい企業づくりを目指してきました」
山本さんが最初に手掛けたことは、地域の若者を迎え入れる企業としてふさわしい労働環境の整備と人が育つ環境づくりだった。次いで21世紀職業財団の勧めにより市内の食品製造業13社と情報交換をしながら「女性の能力発揮を促進するポジティブアクション」推進事業などを実施した。その重点目標は①女性を積極的に採用する、②少ない職域に女性を配置する、③管理職・監督職の女性を増やす、④仕事と家庭の両立支援。その推進により、16年度均等推進企業表彰「広島労働局優秀賞」を受賞した。
女性の休業と職場復帰を支援しイクメンを育成
続いて「仕事と育児を両立しやすい環境づくり」に取り組んだ。次世代育成支援対策推進法に基づいた「一般事業主行動計画」(常時雇用する従業員が101人以上の企業は行動計画を策定し都道府県労働局に届け出ることが義務、100人以下は努力義務)を策定。①育児休暇を取りやすく職場復帰しやすい環境づくりや妊娠中や出産後の女性従業員の健康確保についての制度の周知、②小学校就学前の子どもを育てる従業員が子育てしやすい勤務体制(短時間労働など)、③家族との時間が増える週2回のノー残業デーの導入、を行った。22年度には広島市子育てに優しい事業所表彰、26年度は広島市男女共同参画推進事業者表彰を受けた。そして同じ年、経営者が男性の育児参加を応援する「イクメン企業同盟ひろしま」(現在は「イクボス同盟ひろしま」に発展)に参加した。
このようにダイバーシティ・マネジメント(人材と働き方の多様化)やワーク・ライフ・バランス(仕事と生活の調和)を重視した経営の取り組みを推進してきた山本さんだが、大企業のように人的な余裕があるわけでないので「やらざるを得ない状況だった面もある」と打ち明ける。山豊では2人の女性社員が産前産後休業や育児休業を取得した後で復帰している。その一人、商品開発部の女性係長は2人の子どもをもうけ二度の休業後、同じ部署へ復帰した。厚生労働省は指針で「原則として現職又は現職相当職に復帰させることが多く行われているものであることに配慮すること」としているが、「本人に戻りたいという意思と実績があったことはもちろんですが、人手が不足している状況でもあるので、当社では産休・育休後は同じ部署へ戻ってもらうことを前提としています」(山本さん)。
ただ、広島市は待機児童が多く、職場に戻りたくても戻れない状況が続いている。山本さんは休業日数の延長に柔軟に対処する一方で、近隣の企業と共同で保育施設を運営することも考えたいという。
仕事を標準化して誰でも休める仕組みをつくる
イクメンの状況はどうなのだろう。男性正社員に対しては、子どもが生まれると、まず3日の特別休暇が与えられる。
「社員の結婚が遅くなっていることもあり、残念ながら3年前に1人しか取得していません。イクメンとして育児に関わるのなら育児休業を取得できるとも、社員に話しています。また地域や学校とも積極的に関わって、会社外でも必要とされる人材になってほしいとも伝えていて、誰が休んでも他の人がカバーできるよう仕事の標準化を進めています。私としては手ぐすねを引いて待っているのですが、まだ育休の取得例はありませんね」(山本さん)
山豊に限らず会社には独身者や子どもを持たない者、子育てが終わってから働き始めた者もいる。育休が男女に認められた権利とはいえ、1年を超えるような長い休暇を取ることに不公平感を抱くことはないのだろうか。山本さんは「大家族的な職場のため、社員に子どもが授かったことを喜ぶ雰囲気がある」と話す。「また育休を使う機会がなくても家族の介護で休むことがあるかもしれないので、不公平感はあまりないようです。時短勤務の社員とフルタイムで働く社員の評価面で不公平が生じないようにバランスを取ることが、イクボスである経営者の重要な仕事と考えています」
以上のような経験から山本さんは、これからイクボスの育成を目指す中小・小規模企業に対しては「まず経営者自身がイクボスとなって幹部や部門長に考え方を伝え、一般社員に浸透させるトップダウン方式」を推奨する。「そして社員が走り始めたら、ボトムアップでいろいろな要望を吸い上げて修正すること」とアドバイスする。
会社データ
社名:株式会社山豊
所在地:広島市安佐南区伴東町79-2
電話:082-848-7778
代表者:山本千曲 代表取締役
従業員:105人
※月刊石垣2017年5月号に掲載された記事です。
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