事例2 男女の育児休暇取得を想定して一人の社員が複数の業務をこなす
拓新産業(福岡県福岡市)
拓新産業の代表取締役社長であり、創業者の藤河次宏さんがイクボスと呼ばれるようになった理由は人材確保のため、職場環境の改善を続けてきたところにある。まだまだ大学生の大企業志向(安定志向)が強い中で、中小・小規模企業が新卒採用を続けるためには、それしか道がなかったのだ。
人材確保のために職場環境を徹底改善
藤河さんには苦い思い出がある。地元の建材商社に8年ほど勤め、昭和52年、30歳で建設用機材のレンタル会社を設立。事業が軌道に乗ると新卒採用に乗り出した。「今から30年ほど前の話です。合同の会社説明会に参加したものの、当社のブースには誰も来てくれなかった」。
当時の大学生は今以上に大企業志向が強かったので、中小企業が選ばれにくかった。
「企業にとって一番大きな課題は人材確保です。給料も重要ですが、上を見たらきりがない。そこでまず社員が働きやすい職場に変えることから始めました。今叫ばれている職場環境の改善の必要性を、30年ほど前に実感していたわけです」。そういう藤河さんがまず手を付けたのは就業規則の変更だ。労働基準法には常時10人以上の労働者を使用する事業所では必ず就業規則を作成するとある。だが、ひな形に沿ったものが多く独自性はあまりない。そこで藤河さんは「社員の働きやすさ」という視点で章ごとにチェックしていった。労働時間や賃金のような社員の関心の高い部分はカラーで分かりやすくした。そして藤河さんは経営者として就業規則を100%守る決意を社員に伝えた。まず掲げたのは完全週休2日制と有給休暇の100%消化だったが、社員からは反対の声が上がった。幹部社員は仕事のしわ寄せを心配し、一般社員は本当に休むと人事考課に影響するのではないかと疑心暗鬼だった。そこで経営者自身が先頭に立ち、有給消化率の低い人に対しては名指しで取得を奨励した。
さらに残業ゼロを実現するためには、まず習慣を見直した。昼間外回りをしている営業の場合、書類を書くのは夕方になる。そこから総務が習慣的に処理を始めると残業が発生する。そこで翌日回しでよい仕事は翌日やることを徹底させた。
顧客満足よりも社員満足を優先
また硬直化した「顧客第一主義」も見直した。例えば顧客が業務時間後にレンタル建材を返却に来ても丁寧に断る。遅刻した顧客を待っていると残業が発生するからだ。営業社員が直接言いにくい自社側の事情は他の社員が伝えるような工夫もしている。
「当社はどんな要求でものむわけではないので、お客さまによっては他社に切り替えるところもあるでしょう。そこで小口でもたくさんの顧客と取引するようにしています。幸い県内にも建築業はたくさんあるので、数百社に小口分散しています。大口に頼るとフィフティ・フィフティの関係が築けず、無理を言われるようになります。営業も大口顧客に依存して自分で考えて行動しなくなる。顧客に協力をお願いする分、業務時間内のサポートは他社以上にきめ細かく行うことを心掛けています」と藤河さんは言う。
有給休暇消化率100%は副次効果も生んだ。勤続年数の長い社員(つまり上司)ほど有給休暇を取得することが多くなる。そのため社員は〝指示待ち〟ができず、自立するようになったのである。
平成元年には完全週休二日制、有給休暇の完全消化、残業・休日出勤ゼロを実現させ、多くの社員にとっては働きやすい環境が整った。新卒採用の時期には求人広告を出さなくても評判が評判を呼び、2、3人の枠に200人を超える応募がある。とはいえ営業社員にとっては働きにくい(成績が出しにくい)職場ではないのか。
「営業に対して目標達成を強く言うことはありません。毎年の目標設定でも9割方、私の方で下げさせています。営業には腹一杯の成績を出せ、顧客満足は抑えろ、では矛盾が生まれます。人の体も仕事も腹一杯は不健康です。仕事も腹も7、8分がちょうどいい」
育休取得や職場復帰には経営者が柔軟に対処
このように休みが取りやすい職場環境のため、産前産後休業や育児休業は、誰でも無理なく取得できる。社員数は75人、そのうち3分の1が女性で、平成29年3月末時点で3人が育児休業中だ。「20数年前から育児休業を想定して人員に余裕をもたせると同時に、一人で複数の業務が担えるマルチタスクのトレーニングをしてきました。産休や育休の取得は何カ月も前から分かるので引き継ぎに時間が取れ、大きな問題はなかったです」(藤河さん)
会社によっては長期の育休を取得すると元のポジションに復帰できないという不安もあるようだが、「病気で長期療養したり介護で休むケースとは異なり、復帰の時期が分かっているのだから、経営者がイクボスとして各部署を指導し理解させれば済むことです。それができないのはトップの怠慢です」と藤河さんは言い切る。
産休・育休中の社員には社内報を送付したり、各種手続きに訪れたときに話をして〝浦島太郎化〟させない配慮もしている。勤続年数が短い社員で復帰後の仕事に不安を抱いていたら、新入社員の研修などに参加して学び直す機会も設けている。
好都合なことに会社の向かいに保育園がある。「子どもを育てる女性社員のほとんどは向かいの保育園を利用していて、何かあればすぐに行くことができます。空きがなかったらどうするか? 1月の復帰予定を4月に延長した例もあります。大企業は規則に沿う必要があるのかもしれませんが、中小企業は経営者が柔軟に対応すればいいのですよ」
イクメンの育休例はまだないという。「子どもが生まれた男性社員に1年が無理なら1カ月でも2カ月でも育休を取得しないかと話しているのですが、収入の壁があり難しいようですね」
多くの企業は原則として産休・育休中に給料は出ない。雇用保険から育児休業給付金を受けられるが、最初の6カ月間は休業開始時の給与(額面)の67%、それ以降は50%に減るためだ。「ただ当社はいつでも有給休暇を取れるし、残業や休日出勤もないので、ちゃんとイクメンの役割も果たしているようです」
社員は経営者の姿勢を見ている。就業規則を100%守ると宣言したら必ず守る。そうすれば信頼が生まれ、社員のモチベーションが高まり、労働生産性がアップするため有給休暇の消化や残業ゼロが負担になることはないと藤河さんは言う。「その結果、毎年昇給しているし、ここ10年近く決算賞与も出しています」
さまざまな事情で職場環境の改善に踏み出せない企業もあるが、「それでは生命線である人員の確保がますます難しくなります。企業を存続させるために、今すぐ経営者が決断すべきです」と藤河さんはアドバイスする。
会社データ
社名:拓新産業株式会社
所在地:福岡県福岡市早良区早良2-10-6
電話:092-804-1811
HP:http://www.k5.dion.ne.jp/~takushin
代表者:藤河次宏 代表取締役
従業員:75人
※月刊石垣2017年5月号に掲載された記事です。
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