事例2 甘えを捨て、全て最高のレベルで世界に打って出た老舗酒蔵
大七酒造(福島県二本松市)
二本松市にある大七酒造は264年もの歴史を誇る老舗酒蔵だ。日本酒の正統的醸造法「生酛(きもと)造り」の随一の担い手として全国的な評価を確立し、今では欧米でも高い評価を得て販路を世界に広げている。震災からここに至るまで、大七酒造はどのような道を歩んでいったのだろうか。
素早い対応は先人の知恵のおかげ
大地震が起きた日、まず心配したのは社員の安全のこと、そしてもし原発事故の影響が拡大した場合、どこに何を移転すれば工場の仕事が継続できるかだったと、大七酒造の十代目当主である太田英晴さんは当時を振り返って言う。
「原発から60㎞くらい離れているので、ここまで避難が必要になることはないだろうとは考えていました。とはいえ、万が一のこともあります。屋外にいる社員たちには室内の作業に切り替え、建物は窓も扉も開放厳禁、空調は外の空気を取り込むので止めるよう指示しました」
太田さんの指示と時を同じくして、酒造りの現場に携わっている杜氏は、さらに徹底した対応を自ら行っていたという。
「杜氏さんは、製造現場の窓という窓にビニールシートを張り、換気扇も封をして外気が入らないようにしていました。しかも、それらの作業を全て写真に撮って記録していたんです。杜氏さんは、いずれ社長は消費者に対してこそ説明が必要になるだろうと先を読んでいたのです。このおかげで事故の翌日には、大七酒造はこのような対策を取りましたということをホームページで発表できました」
さらに、大地震が起こった直後には、杜氏は別の対応も独自に行っていたという。
「激しい揺れが一段落すると、工場内にある井戸のポンプをフル稼働して水をくみ上げたんです。大きな揺れがあると地下水脈が変わる恐れがあり、その水をどんどんくみ上げることで新たな水の道をつくり、この周辺の地下水を工場の井戸に集まるよう導いたのです。おかげでその後も問題なく井戸水は出て、酒づくりは翌日も継続できました。杜氏さん曰(いわ)く、大地震が来たらこうしろというのは、杜氏仲間の年寄りが語り継いできたことなんだと。本当に先人の知恵というのは偉大だなと思いました」
風評被害を逃れるための〝安直な手〟は使わない
震災時の適切な対応により製造はすぐに再開できたものの、放射能汚染に対する風評被害が今度は大きくのしかかってくる。これに対してはスピーディーかつ体系的に情報を発信していくことが重要だと、太田さんは言う。
「放射能汚染については、どのようにお客さまの不安を払拭(ふっしょく)するかが大切でした。そこで、製造現場での対応や原料の米のチェックなど、安全性に関する情報を体系的でスピーディーに発信することを心がけました。震災後に多くの方々からお見舞いの言葉をいただきましたが、誰も『お宅のお酒、放射能は大丈夫?』と直接聞いてきたりはしません。でも話をしていると『大七さんのホームページにこんなことが書いてありましたね』と言われるのです。やはりしっかり読んでいただいているんだなと。聞きにくいことは聞かれなくてもこちらから情報を出していくことが重要だと実感しました」
日本酒の原料となる酒米の選別と安全性についても、大七酒造ではこだわりぬいた部分があった。
「福島県の酒蔵として、福島県のお米を使いませんとは決して言いたくなかった。風評被害を逃れる安直な道は『福島産を使っていません』なのですが、それでは一生懸命にお米をつくってくださっている地元の農家の方々に対する大きな裏切り行為になる。地元でお米をつくっている方が背負っている重荷はわれわれもともに背負うという気持ちでした。だから、福島産も他県産も同様にチェックした上で、安全なものを使っていると言い続けました」
ただし大七酒造では、安全性を前面に出したPRは長くは続けなかった。翌年からは別の部分を強調したPRに切り替えていったという。「安全性は当たり前のことで選ばれるための条件ではありません。それよりも消費者の方々に選んでいただけるだけの価値が大七の酒にはあるという、おいしさや品質の部分を強調していきました」
震災後にも広がった新たな取引や海外市場
大七酒造では国内だけでなく、海外に向けて販路開拓を進めている。それは震災前から始めていたもので、震災後も変わらずに取り組んでいるものだ。
「特に印象的だったのは、フランスで2年に一度行われる『ヴィネクスポ』というお酒の国際見本市で、震災の年から弊社単独のブースで出展するようになったこと。福島の蔵元が出展するということで、どんな質問をされるか心配しましたが、これは福島産の安全性をアピールするミッションだという気持ちで臨みました」
結局、多くの取材を受けたものの厳しい質問が出ることもなく、会場で開いたセミナーでは立ち見も出る盛況ぶり。セミナー終了時は盛大な拍手も起こったという。
「前向きな努力をしていることが評価され、偏見などでビジネスから排除されることもありませんでした。その後、震災以降に新しく取引が始まった国や取引先も数多いんです」
最後に、震災の経験は会社の体質を強くしたと、太田さんは言う。
「過去には、地方の中小企業だからという甘えがあったかもしれない。でも、震災後は、『できることは全て最高のレベルで』という気持ちになりました。全国の消費者から信頼されるレベルでないと、福島産のものを安心して買っていだだけませんから。そして今後は、福島県内の企業と協力してオール福島体制で外にアピールしていきたい。福島県に目を向けていただくための何かの力になれればと思っています」
会社データ
社名:大七酒造株式会社
住所:福島県二本松市竹田1-66
電話:0243-23-0007
代表者:太田英晴 代表取締役社長
従業員:47人
※月刊石垣2016年3月号に掲載された記事です。
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