事例2 仕事をする中で自分の未来は自分で決められる組織をつくりたい
エイチ・エス・エー(神奈川県小田原市)
エイチ・エス・エーは小田原市で訪問介護や在宅マッサージなどの介護関連事業を行っている。今年3月には『第6回日本でいちばん大切にしたい会社』大賞で、厚生労働大臣賞を受賞した。その受賞理由として挙げられているのが、「当社で働きたい人はすべて採用」「5年連続増員」「離職率0・4%」「経常利益率は安定的に8%前後」など。従業員が働きやすい環境づくりが評価されている。
働く人が自分の未来を想像できない社会は良くならない
平成11年にエイチ・エス・エー(以下HSA)を設立したのが代表取締役の田中勉さんである。田中さんがかつてサラリーマンをしていたころはノルマ全盛期で、与えられた仕事を一所懸命にやる時代だった。仕事は忙しかったものの充実していて、そのころは起業のことなど考えてもみなかったという。
「ところがある日、部下から『こんなに忙しいのはいつまで続くのか? 』と聞かれたんです。そのときは『これが仕事なんだからずっと続くんだよ』と答えたものの、そのことがずっと頭の中にひっかかっていました。今は若いから無理してできるけど、それができない年齢になったらどうなるのかと不安になったんです」(田中さん)
その答えが見つからない中、ある日、書店で社会学入門の本が目に留まり、目次を見た瞬間、田中さんは自分が求めていたのはこれだと確信したという。そこには、現代社会の問題や、社会は基本的に労働者で成り立っているなどということが書かれていた。
「本を読んで、まずは自分で組織をつくろうと思いました。働く人で社会が成り立っているなら、働く人が自分の未来を想像できない社会は良くならない。仕事をする中で自分の未来が想像できる組織をつくりたいと思ったんです」
そこで、仕事に対する客からの反応がダイレクトに返ってくるサービス業ならやりがいもあり、資本金が少なくても始められると考えた。そして出合ったのが在宅マッサージだった。
「知り合いの人に、右半身不随のおばあさんの家に連れて行かれたんです。東洋医学では、動かなくなった部分にもマッサージのような治療を続けていく。そうしたら、右手が少し動かせるようになったんです。おばあさんが泣いて喜んでいるのを見て、これを広めていくべきだと考えたんです」
在宅マッサージは、現在は医療保険の適用が認められているが、当時はまだ小田原市では認められていなかった。それでも、まずは実績づくりが大切と考えた田中さんは、マッサージ師を雇い、会社組織をつくった。平成11年のこと。起業を思い立ってから6年以上がたとうとしていた。
それから17年、現在のHSAの事業は医療保険による在宅・訪問マッサージ、介護保険による訪問介護や居宅介護支援、通所介護事業(デイサービス)、老人ホーム、福祉タクシーなど多岐にわたっている。従業員の数も増え続け、現在では正社員・パート合わせて260人を超えている(うち正社員は80人)。また冒頭でも述べたように、離職率も極めて低い数字となっている。
それぞれの働き方に応じた居場所をつくってあげる
介護の仕事というと、一般的には大変で低賃金、労働時間が長いといったイメージがあるにもかかわらず、HSAに人材が集まり、定着している理由はどこにあるのだろうか。
「うちの会社の仕事でまず基本にあるのが、従業員一人ひとりが自分の仕事の未来は自分で決められるということです。そのため、組織のシステム全体がほぼ100%選択制です。さまざまな研修も用意していて、介護という仕事上、働く部署によっては必須の研修もありますが、それ以外はすべて申し込み制です。受けたい人が研修を受けるという形です。また、パートさん向けには『マイスタープログラム』というものがあり、研修を受けてテストに合格していくことで、時給が段階的に上がっていくようになっています。これも強制ではなく、受けたい人が受ける仕組みになっています」
また、HSAの特徴の一つに、従業員に対する上司からの評価制度がないことも挙げられる。正社員の昇格に関しては、例えば課長であれば、「2事業および月商600万円以上の管理をするもの」という基本条件があるだけ。昇格すれば、管理職手当については、基本手当以外に業績手当として、管理する部署の利益率が7%ならいくら、14%ならいくらの追加というものが、職位ごとに数字として示されている。
「職場の中には、仕事に対していろいろな考え方を持っている人がいます。向上心を持ってバリバリやりたい人もいますが、現状に満足して、毎日与えられた仕事をコツコツとやっていきたいという人もいます。その人に上を目指せとは言いません。そういった人たちがいるからこそ、現状が保たれているという側面もありますから。そして向上心がある人には、それを支援するためのシステムがある。それぞれ働き方が違う人の居場所をしっかりつくってあげることが重要だと思っています」
HSAで長年働いているケアマネジャーの方に職場について話を聞くと、こんな答えが返ってきた。
「給料や会社の経営状態など、いろいろオープンになっているので安心感があります。頑張ればどれだけの給料になるのか、どんなことをやらせてもらえるのかも分かるので、やりがいがある。もし今の仕事が自分に合わなければ、他の部署に代わることもできる。仕事なのでもちろん大変なこともありますが、職場のストレスといったものがないのがいいですね」
職場で「当たり前」「常識」を禁句にする
制度以外にも、従業員にとって働きやすい職場環境になっている理由がある。それは労働時間。『日本でいちばん大切にしたい会社』大賞の受賞理由の一つにも「社員一人当たりの所定外労働時間1時間以下」ということが挙げられている。
「残業は極力やらせないようにするのは当然のこと。うちは女性社員が多いので、出産の際の産休取得はもちろん、出産して復帰したら仕事はフレックス制にするなど、普通のことしかしていません。でも、それが離職率の低さにつながっているのかなと思います。うちの従業員には、介護が3Kであるという意識はおそらくないでしょう」
人手不足などが原因で介護の仕事は残業時間が多いといわれているなかで、HSAはこれをどのように解消しているのだろうか。
「要は社員でお互いに協力し合うということなのですが、うちの会社では『当たり前』『常識』という言葉は禁句です。当たり前の反対語は『ありがとう』。感謝のない組織は滅びますよという研修を従業員に行っています。組織は社会の縮図。社会そのものが互いに協力し合って成立しているんですから」
会社の将来に向けて、田中さんは昨年度から経営を退き、次の世代に会社経営を任せている。従業員の平均年齢は37・8歳と、介護業界ではかなり若い。これも「若い人を育てなければ、この地域の介護ができなくなってしまう」という田中さんの考えからだという。
介護の仕事は人手不足で残業せざるを得ない、残業が多いから人手不足になるという悪循環を、HSAは打ち破ろうとしている。
会社データ
社名:株式会社エイチ・エス・エー
住所:神奈川県小田原市扇町5-11-21
電話:0465-32-2532
代表者:田中勉 代表取締役
従業員:約260人(正社員、パート含む)
※月刊石垣2016年6月号に掲載された記事です。
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