提言2 地方創生に問われる企業のあり方 地域に必要とされる中小企業とは?
崔 真淑(さい・まさみ)/エコノミスト
経済ニュース解説や資本市場分析を得意とする、新進気鋭のエコノミスト、崔真淑さん。東京証券取引所の講師や、金融庁研究会メンバーを務め、テレビや雑誌、ニュースサイトへのコメントも多数発表している。そんな崔さん自身がテーマとする、経済成熟時代・人口減少時代である地域活性化策を中心に今、各地域の中小企業のあり方について話を聞いた。
リーマンショックが影を落とす経済の鈍化
「この40年を振り返って、日本の経済史で印象に残っているのは、以下の五つ。①バブル崩壊、②金融ビッグバン、③リーマンショック、④東日本大震災、⑤アベノミクスです。中でも日本の経済に最も影響があったのは、リーマンショックだと捉えています」
そう説明する崔真淑さんは、リーマンショック(2008年アメリカの大手証券会社リーマン・ブラザーズの破綻を機に発生)のころから経済格差や派遣切り、正規・非正規雇用の問題が顕在化し、お金でお金を生む金融経済が、実体経済に多大な影響があることを知らしめたという。さらに超少子高齢化、東京一極集中が加速し、政府は14年より地方創生に取り組み始めたが、声高に叫ばれているほどの成果はまだ出ていない。それどころか「全地域を救おうとして効率が落ちている」と指摘する。
「再分配で支えていく地域なのか、産業を盛り上げていく地域なのかの線引きができていない、できないのが課題です。インバウンドや工場を誘致できる地域もあれば、そうではない地域もあります。それを一括りに地方創生とするのではなく、各地域の主要都市に稼ぐ力を集中して地方に再分配するのもありではないかと思います。ふるさと納税と似た発想です。工業やインバウンドで稼ぐ地域があれば、福祉や教育が充実した地域があるなど、各地域に〝役割〟を持たせて地域色を出す政策です」
さらに課題が二つあると続ける。
「一つは多くの地域がインバウンドや特産品に頼り過ぎている点。もう一つは、政府が地域産業を創出しようとしている点です。一国の財政を超えるほどの企業が現れている今、政府は産業政策ではなく、競争政策に重点を置いて、市場競争を調整し、新陳代謝の促進に取り組むべきです」
これからの地域活性化は〝デジタル〟がキーになる
こうした論点の背景には、崔さんが取り組んでいる「経済成熟時代・人口減少時代の地域活性化策」の裏付けがある。特筆する産業、観光資源がないことを逆手に「農村民泊」を日本で初めて展開した大分県の安心院(あじむ)町のグリーンツーリズムは観光産業の成功例の一つだが、それよりも崔さんが注目する地域活性化策として二つの参考事例を紹介してくれた。それが、島根県松江市と岐阜県高山市の取り組みだ。共通のキーワードは〝デジタル〟。
「松江市は、島根版シリコンバレー化が活発です。発端は、世界的に有名なプログラミング言語の一つ『Ruby(ルビー)』の開発者、まつもとゆきひろさんが在住し、松江市が〝Rubyの聖地〟として世界的に注目されていることです。これを軸に、市や県は助成金や学ぶ機会を提供し、都市部の若手起業家やプログラミングを学びたい学生たちが松江市に移住する流れを生み出しました。人が集まることで情報が集積され、優秀な人材が育ち、企業が出資して産業が発展する。まさにシリコンバレーと同じ事象です。プログラミングによる生産人口を集めるのは世界的な潮流となっており、フランスの『42』をはじめとした無償のプログラミングスクールも珍しくありません」
一方、岐阜県高山市は人口の5倍のインバウンドが訪れる人気観光地だが、崔さんの着眼点は飛騨信用組合が17年12月に発行を開始した電子地域通貨「さるぼぼコイン」にある。高山市、飛騨市、白川村(2市1村の人口は約11万3千人)という岐阜県北部エリア限定の電子通貨で、キャッシュレス決済に二の足を踏む高齢者も「身近に感じられる」と普及率が高いのが特徴だ。
「インバウンドも含めて誰が何を買ったかというマーケティングに使え、地域限定なので地産地消に直結します。データを効率的に取得できるツールとしてのインパクトはかなり大きいです」
19年9月現在、加盟店は約1200店舗を数え、アプリのダウンロード回数は2万超、利用者は事業者の約2割、管内人口の1割程度と、まだまだ伸び代がある。
経営のダイバーシティー化で社会的評価を高める
「生産率が下がる経済成熟期にあって、デジタルは効率アップ、経営のスリム化だけではなく、アイデアや産業創出に有効です。データ分析は多額の投資をしなくても、関連図書を読めば大体のヒントはつかめます。でも、ITリテラシーへの苦手意識があり、AI(人工知能)による雇用消失を危惧する経営者ほど、デジタル化には消極的です」と苦笑する。だが課題は、ITリテラシーではなく「経営陣のガバナンス」だと言い切る。
「経営陣には老若男女のいろんな視点を入れた経営のダイバーシティー化が重要です。特に地方は若者や女性の活躍の場が少ない。優秀な人材が集まらないと憂慮する経営者ほど、能力を伸ばせる環境と機会を与えず、現状を嘆く傾向にあります。世界規模で女性の役員比率30%を目指す取り組みがある今、女性の活躍を推奨する経営者であることが、企業の好感度を上げる経営戦略になり得ます」
その好例として崔さんが挙げたのが、「かんてんぱぱ」で知られる伊那食品(長野県伊那市)で、社員の幸福を通じての社会貢献を経営目的とした〝年輪経営〟で話題になった優良企業だ。長野県といえば移住希望地ランキング(ふるさと回帰支援センター)で17年より3年連続1位となる人気エリアであり、崔さんも「女性が働きやすい会社・地域なら男性も働きやすく、人が集まる」と力説する。だが、女性管理職は、一人創出を目標に掲げるのがやっとという企業の多さにこう続ける。
「まずは、自社のホームページで25年までに女性管理職員を30%にすると宣言するのも一考です。社外に発信することでイメージアップにつながり、社内にもいい意味での緊張感が芽生えます。宣言なら5分とかかりませんが、それさえできない企業が果たして10年後に存在するかどうか」と手厳しい。中小企業の強みは、大企業にない意思決定の速さだと言及して経営者にエールを送る。
「デジタル化も経営のダイバーシティー化も、経営者のポジションを脅かしません。むしろ経営者の功績と社会的名声を高めます。さらにあらゆる社員の声に耳を傾ける懐の大きさがあれば、時代の大転換期にある今をチャンスと捉え、乗り切ることがきっとできます」
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