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テーマ別誌上セミナー 経営者が押さえておきたい 職場のハラスメント

職場内で起きるさまざまなハラスメントが大きな問題になっている。厚生労働省によると、職場でパワハラを受けている人は、約3人に1人だという。そこで、職場内のハラスメントを防ぐために経営者が知っておくべきことについて、長年ハラスメント問題に取り組んでいる横山昌彦さんに聞いた。

横山 昌彦(よこやま・まさひこ)

東京海上日動火災保険 広域法人部部長 兼 営業開発部参与

横山 昌彦(よこやま・まさひこ) 東京海上日動火災保険 広域法人部部長 兼 営業開発部参与 1983年早稲田大学政治経済学部卒業後、東京海上火災保険入社。商工3団体プロモーターとして、中小企業のリスクの分析、リスクヘッジ策の開発、普及推進を担当。セミナー講師やメディア出演も多く、1300回を超える講演を行い、講演の平均満足度は95%と高い。ハラスメント防止コンサルタント、メンタルヘルスマネジメント検定広報大使、健康マスター検定推進リーダー

パワハラ対策を事業主に義務付ける法律が施行

―2020年6月1日、労働施策総合推進法が改正され、いわゆる「パワハラ(パワーハラスメント)防止法」が施行されます(中小事業主は22年3月31日までは努力義務)。まず、その背景について教えてください。

横山昌彦さん(以下、横山) 「セクハラ(セクシュアルハラスメント)」の防止については、男女雇用機会均等法という法的バックボーンがあり、「マタハラ(マタニティーハラスメント)」の防止には男女雇用機会均等法および育児・介護休業法という法的バックボーンがあります。しかし、「パワハラ」については、これだけ社会問題化する中でも法的バックボーンがなかったことから、労働施策総合推進法を改正し、パワハラ対策を事業主の義務とすることになりました。

「パワハラ」という言葉は、00年に労務コンサルタントのO(オー)さん(その後、厚生労働省(以下、厚労省)委員)がつくり出した造語であり、その後、判例の中で確立されてきました。12年以降、全国の労働局の総合労働相談コーナーに寄せられる相談のトップは、「職場のいじめ、嫌がらせ」であり、過去3年間にパワハラを受けた労働者の割合は、32・5%という統計(厚労省16年度「職場のパワーハラスメントに関する実態調査」)も出ています。

―そこで国が動き出したのですね。

横山 12年3月、「職場のいじめ・嫌がらせ問題に関する円卓会議」「同ワーキンググループ」の議論を踏まえて、「職場のパワーハラスメントの予防、解決に向けた提言」が出されています。その後、労働政策審議会で各種論議、検討がなされた上で、19年5月の国会で法制化が可決されました。

「パワハラ」には、「性別」や「妊娠・出産・介護」といった特定分野に関する法律がありませんので、それまでの労働施策総合推進法を改正し、その中に、「パワハラ」を明記した形になっています。

誤解している人もいますが、パワハラ行為自体を罰する法律ができたわけではありません。企業にパワハラ防止の措置を義務付けるものであり、パワハラ自体を罰する法律としては、刑法および民法の該当規定が従来通り適用されます。

―職場内で問題になりやすいハラスメント(いじめ、嫌がらせ)には、どのようなものがあるのでしょうか。

横山 「パワハラ」「セクハラ」「マタハラ」が三大ハラスメントといえます。その派生形として、「カスタマーハラスメント」(顧客の理不尽な要求)、「モラルハラスメント」(倫理や道徳に反した嫌がらせ)、「アカデミックハラスメント」(研究教育の場における権力を利用した嫌がらせ)、「パタニティーハラスメント」(育児休業や時短勤務を希望する男性社員に対する嫌がらせ)、「アルコールハラスメント」(飲酒に関連した嫌がらせや迷惑行為)、「スメルハラスメント」(においに関する嫌がらせ)、「ジェンダーハラスメント」(性差に基づく嫌がらせ)、「エイジハラスメント」(年齢による差別・嫌がらせ)、「リストラハラスメント」(リストラを目的とした嫌がらせ)、「テクノロジーハラスメント」(IT機器の操作に不慣れな人に対する嫌がらせ)、「スモークハラスメント」(喫煙に関する嫌がらせ)といったものが取り上げられるようになってきました。最近は「LGBT(性的少数者)」に関する相談が急増しており、商工会議所や企業の担当者の間では、(先の三大ハラスメントにLGBTハラスメントを加えた)「四大ハラスメント」の防止対策に関心が高まってきています。

―今挙げていただいたハラスメントは、どれも企業規模を問わず当てはまると思いますが、特に中小企業で問題になりがちなハラスメントはどれでしょうか。

横山 「LGBT」に関してはまだ意識が低いと思います。電通ダイバーシティ・ラボの調査(LGBT調査2018)では、LGBT層に該当する人は8・9%(15年調査7・6%)でした。経営者には、そういう層の人もいるということを認識して「認めてあげてください」とお話ししています。

中小企業でとても多いのは「パワハラ」です。大企業に比べると社員数が少ないため、濃密な人間関係になる職場も多いです。特にオーナー企業の場合は、社長に絶対的な権限が集中しやすくなるため、パワハラが発生しやすい風土にあると思います。「社長自身がパワハラの発生源になっている」という総務部長からの相談も多いですね。また、女性軽視など、いわゆる昭和の価値観が根強い職場環境では、「セクハラ」「マタハラ」の問題も多数発生しています。

パワハラは平均的労働者の客観的な感じ方を基準に判断

―ハラスメントの認定が難しいケースも多いと思います。そこで、まずパワハラの定義を教えてください。

横山 厚労省が示したパワーハラスメント防止のための指針(※1)では、職場において次の三つを満たす場合に、パワハラに該当すると規定しています。

⑴優越的な関係を背景とした言動であって、⑵業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより、⑶労働者の就業環境が害されるものであり、⑴から⑶までの要素を全て満たすもの。

指針では、パワハラに該当する場合と該当しない場合の例示や先ほどの⑴~⑶の解釈についても説明されていますが、パワハラの判断は外形的なパーツではなく、事案ごとの背景も含めて、総合的に判断する必要があります。

また、パワハラの6類型という行為別の分類(右表参照)もされています。

―上司が考えるハラスメントと部下が考えるハラスメントでは違いがあるのでしょうか。

横山 上司と部下のハラスメントの大前提としての大きな差異は、「人事権・支配従属関係の有無」が挙げられます。例えば、上司と部下という支配従属関係がある中でパワハラ、セクハラが発生して部下から訴えられると、上司が「合意」を主張してもなかなか認められません。

―そうなると、業務上の指導とパワハラの線引きが難しく、上司は萎縮してしまいます。

横山 そのことは常に課題として挙がります。最近は、社会人としての常識、マナーに欠ける社員も出てきているといわれています。そうした環境の中で指導かパワハラかという線引きは、本人の主観にも配慮しつつ、平均的な労働者がどう感じるかといった客観的な基準で判断される点に留意が必要です。

やるべき指導は、健全な業務の遂行と部下の成長のためにも自信を持ってやるべきです。ただし、指導の仕方、言葉の使い方には配慮が必要です。時代とともに、上司と部下で価値観や考え方に相違が生まれることは当然なので、この部分を考慮しないと、部下からパワハラだと言われるケースも出てくると思います。上司は、今の時代に合った柔軟なマネジメントを行う必要がある一方、部下も上司の指導を前向きに捉えて、自分の業務上の言動に問題がなかったかを真摯(しんし)に振り返り、自らの成長につなげていくことが重要だと思います。

―ハラスメントは上司の部下に対する行為とは限りません。例えば「スメハラ」。「Aさんの香水の匂いがきつい」と周囲から苦情が出ている場合、上司や周囲が注意するとハラスメントになるのでしょうか。また体臭については、注意をしてもいいのでしょうか。

横山 香水の匂いは使用法を変えれば解決できるので、周囲で働く人たちの多くが「香水の匂いがきつい」と感じているのなら、注意をしてもハラスメントにはなりません。男性上司が言うと角が立つ恐れがあるのなら、先輩の女性から注意してもらうというように、注意の仕方には配慮が必要でしょう。

体臭のような体調に関わる問題は産業医に相談するように促し、診察の結果、体調に問題があるのなら治療をする、体調ではなくて風呂に入る回数が少ないことが原因であれば、回数を増やすように指導すればいいでしょう。

このように、香水のような趣味嗜好(しこう)から起こる問題と体調から起こる問題は分けて考えて、後者は特に慎重に対応すべきです。

―男性が考えるハラスメントと女性が考えるハラスメントの違いはどうでしょう。

横山 男性と女性間のハラスメントという捉え方では、やはり多いのは、「セクハラ」です。その考え方の根底にある違いとして、「ジェンダーハラスメント」があります。たとえば、男性から女性に対しては、「○○ちゃん」と呼んだり、「給茶は女性がするべきことでしょ」と考えたりすることがこれに当たります。逆に、女性から男性に対しては、「男なんだから」「男らしく」「力仕事は男性がやるべきことでしょ」といった考え方があります。このような根強い性的役割分担意識は、変えていく必要があります。

―企業を舞台にしたドラマでは、男性上司が部下の女性を呼ぶときに、「○○子」というように名前を呼び捨てにする場面があります。チームワークが良いことを示している場面なのだと思いますが、現実にはどうなのでしょう。本人がいいと言えば、呼び捨てでも構わないのですか。

横山 部下や同僚を仕事のパートナーだと捉えれば、呼び捨てにしませんよね。また呼び捨てに限らず、本人がいいと言っても、それが本心なのか、拒否できずにいいと言っているのかは分からないことにも留意してください。

繰り返しになりますが、パワハラに該当するかどうかは、平均的な労働者の客観的基準が重視されます。「業務上必要かつ適正な範囲での指導」は、相手がどう受け止めようとも、パワハラには該当しません。やるべき指導は、躊躇(ちゅうちょ)せずに実施してください。

とはいえ、「適正な範囲での指導」は、上司のマネジメント能力の向上が必須となるため、外部の研修を受講させると良いでしょう。

―女性の多いオフィス、男性の多い工場など職場環境によって、ハラスメントの内容も異なってくると思いますが、ハラスメントをなくすために経営者はどのように対処すべきなのでしょうか。

横山 女性の多い職場、男性の多い職場(逆にいうと、男性の少ない職場、女性の少ない職場)では、ジェンダーハラスメント的発想をなくすような指導、研修を行ってください。「女性」「男性」という性別による役割分担で業務を運営すると、「セクハラ」「マタハラ」の問題が発生しやすくなります。

例えば、女性が3人しかいない職場で、「女性の仕事は女性が行う」といった仕事の仕方をしていると、1人が育児休業を取得したり時短勤務をしたりすると、その人の仕事が残った2人にかぶさってきます。そうすると不満が生まれます。「働き方改革」というと、残業問題にスポットが当たりがちですが、「女性・男性といった性別にかかわらない業務分担体制をつくる」とか「テレワークや在宅勤務の推進」「フレックスタイム」といったことも大切です。真の意味での働き方改革を行うことが、「マタハラ」の防止にもつながると思います。

ハラスメント防止体制をつくるための六つのステップ

―ハラスメントをなくすために職場全体で取り組むべきことはありますか。

横山 次の6段階のステップが標準的です。

⑴経営トップのメッセージ

⑵ルールを決める(ハラスメント防止規定と就業規則)

⑶実態を把握する

⑷教育をする(研修を行う)

⑸相談や解決の場を提供する

⑹再発防止(行為者に対する再発防止研修を行う)

―実態を把握するためには、どうすればいいですか。また、研修はどのように行うのですか。

横山 「ハラスメントを受けたと感じている人がどれくらいいるか」「どんなことをハラスメント行為と感じたか」「ハラスメントかもしれないと感じる言動をしたことがあるか」などを、無記名のアンケートにより把握します。内部で行うと、従業員が本音を書かないことがあるので、費用をかけてでも外部の機関に委託した方がいいでしょう。また、外部機関に「取り組み前後の比較」「階層別の比較」「外部との比較」などの分析まで依頼することがおすすめです。

研修については、階層別研修がいいでしょう。役員・幹部社員向け研修については、ハラスメント防止コンサルタント資格保持者の専門家に依頼し、一般社員向けには、各管理職が自ら講師として職場内研修を実施する方式が適しています。また復習にはDVDなどを使って自習する方式が有効です。

ハラスメントが発生したら事実を正確かつ迅速に確認

―部下が起こしたハラスメント対応の注意点は、どのようなものでしょうか。

横山 まず当該事案に関する事実関係を、迅速かつ正確に確認してください。なお、行為者を最初から加害者扱いすることなく、相談者と行為者の間で事実関係の主張に不一致がある場合は、第三者からも事実関係を聴取するなどしてください。また、相談者の心身の状況にも適切に配慮してください。

ハラスメントの事実が確認できた場合は、被害者に対する配慮を適切に行ってください。例えば、「被害者と行為者の関係改善に向けた援助」「被害者と行為者を引き離す配置転換」「行為者の謝罪」「被害者の労働条件上の不利益の回復」「被害者のメンタルヘルスケア」といったことです。

行為者に対しては、ハラスメント防止規定のルールに基づき、懲戒処分などの必要な措置を講じて、ハラスメント防止に関する方針の周知、啓発や再発防止研修を実施してください。

ハラスメントを特定個人の問題として捉えるのではなく、企業の文化・風土・職場環境の問題として再発防止を図ってください。

―最後に経営者が日頃から心掛けるべきことを教えてください。

横山 経営者と現場とのコミュニケーション不足により、経営方針や会社全体の目標と現場の実態(労働実態を含む)との乖離(かいり)が生じるケースが相当程度発生しています。現場の声が経営者に届くような、風通しの良い企業風土を心掛けてください。

オーナー企業の経営者やパワーの強い経営者の場合は、部下からの忖度(そんたく)が発生しやすいため、YESマンや側近中心の人材登用ではなく、時には苦言を呈してくれるような異分子も含めた人材配置を行うことが必要です。「裸の王様」にならないように、注意してください。

※1 厚生労働省「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」より

事例

専門家と連動した社員教育

ハラスメント防止教育を実施するため総務課長が長崎商工会議所のセミナーに出席。後日、社内で管理職向け研修を実施した

長崎トヨペット(長崎県長崎市)では、経営トップの「人を大切にする会社でありたい。ハラスメント問題がきっかけで人が辞めるようなことはあってはならない」との強い意思があり、経営者と従業員の価値観を合わせ、「ハラスメントのない快適な職場環境づくり」を目指していた。現場にもパワハラ問題への危機感はあったものの、具体的な社員教育は実施できていない状況だった。

トップの意を受けてハラスメント防止教育の推進役となった総務課長は2015年10月、長崎商工会議所主催「メンタルヘルスと労務管理の視点から見たセクハラ・パワハラのリスクマネジメントセミナー」に出席。翌年、講師を務めた専門家を改めて招き、社内で管理職向け研修を実施した。セミナー・研修は、知識を得るための講座のパートと、その知識を応用して参加者同士が討議をするグループワーク形式のパートをセットにして実施。参加者は多くの気づきを得ることができたという。

その後、メンタルヘルス不調に対する対策として、一次予防の観点で改正労働安全衛生法に基づくストレスチェックを実施。メンタルヘルス不調に伴う休職時でも安心して療養できる仕組みづくりとして、就業障害補償制度を導入した。

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