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真壁昭夫の経済底流を読み解く 劇薬政策“ヘリコプターマネー”

ベン・バーナンキ元FRB議長の来日をきっかけに、〝ヘリコプターマネー〟なる経済政策が注目を集めている。7月14日、安倍晋三首相の経済ブレインの一人がバーナンキ氏と永久債(満期のない債権)の発行を議論していたことが報道されると、今後の経済対策への期待から一時、為替相場のドル円は104円台から105円台後半まで円安方向に急伸した。ただ、ヘリコプターマネーは強い副作用のある劇薬ともいわれる政策で、その効果と弊害を冷静に考えることが必要だ。

ヘリコプターマネーが現実のものになると、政府が発行する国債を中央銀行に引き受けさせ、好きなだけお金を使うことが可能になる。それは、一時的に経済を刺激するかもしれないが、最終的には、通貨の乱発が悪性のインフレをもたらし、経済を大きく混乱させる副作用を持つ。ヘリコプターマネーとは、ある意味では、金融政策と財政政策の融合だ。需要を喚起するために、政府が対価を求めることなく国民に現金などを給付する。

ヘリコプターマネーの起源は1969年にさかのぼる。米国の著名な経済学者ミルトン・フリードマン氏が最適貨幣量と題する論文の中で、「政府がヘリコプターを飛ばして上空から紙幣をばらまき、直接、国民にお金を配ればどうなるか」と議論を展開したことが出発点だ。この政策では、財政政策と金融政策が同時に運営され、政府が発行した国債を中央銀行が引き受ける財政ファイナンスが実施されることになる。国債の保有者は中央銀行なので、政府と中央銀行を合算すると見かけ上債務は増加しない。言うまでもなく、財政規律、中央銀行の独立性はなくなる。

すでに、わが国ではヘリコプターマネーに似た政策が実施されたことがある。99年に実施された〝地域振興券〟は、その例の一つとも考えられる。このとき、国はすべての財源を負担し、地方自治体が振興券(商品券)を消費者に配布し、消費を喚起しようとした。ただし、当時の政策効果は期待したほど上がらなかったとの見方が有力だ。今回、各種報道によると、バーナンキ氏は、政府が流通性のない永久債を発行し、それを日銀が引き受けることを考えているという。それによって政府は制約なく、自由にお金を国民に支給することが可能になる。それは、政府が打ち出の小槌(こづち)を振り、物価上昇率などの達成のために望むだけの通貨を供給することにほかならない。

一方、本格的にヘリコプターマネーを継続すると、貨幣の発行量に歯止めが掛からなくなる。その結果、貨幣価値が下落して、最終的には高率のインフレーション(ハイパーインフレ)になることが懸念される。そうした事態を防ぐため、今日、わが国では財政法第5条によって〝国債の市中消化の原則〟が定められている。歴史を振り返ると、明治初期、西南戦争の戦費調達のために政府紙幣が増発された。それにより、わが国は悪性のインフレに苛(さいな)まれた。

また、第1次世界大戦後のドイツでは、賠償金支払いのために高額紙幣が増刷され、急速なインフレに見舞われた。その結果、ドイツでは社会不満が高まり、ナチスの台頭につながった。中央銀行の独立性が重視されてきた背景には、無制限な通貨の発行が禍根を残した過去の教訓が生かされている。過去の苦い教訓があるからこそ、今なおドイツは積極的な金融緩和に否定的だ。そこには、一歩でも財政ファイナンスの領域に踏み込めば、もう後戻りできないという危機感があるのだろう。

投資家の中には、ヘリコプターマネーへの期待を膨らませる向きも多い。それだけに、多くの投資家は投機の動きにつられて、その流れに乗って行動している。その結果、金融市場が大きく振れやすくなっている。その先に、どのような経済情勢が見えるか。今こそ、財政ファイナンスがもたらした過去の教訓を振り返ることが必要だ。

まかべ・あきお 1953年神奈川県生まれ。76年、一橋大学商学部卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。83年7月ロンドン大学経営学部大学院卒業。メリルリンチ社ニューヨーク本社出向などの後、市場営業部、資金証券部を経て、第一勧銀総合研究所金融市場調査部長。現在、法政大学大学院教授。日商総合政策委員会委員。『はじめての金融工学』(講談社現代新書)など著書多数。

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