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真壁昭夫の経済底流を読み解く 米国の金利上昇が揺さぶる“適温相場”

今年2月以降、世界の主要金融市場がやや不安定化している。今のところ、世界経済のファンダメンタルズ(経済の基礎的な条件)は安定していることもあり、今すぐに世界全体が景気後退局面に移行する可能性は低いと見られる。ただ、気になるのは、米国の物価上昇への警戒感が高まっていることだ。それは、景気が回復する中で低インフレ率の環境と金利の上昇が抑制された状況が続くという“適温経済(ゴルディロックス)”への期待が剥落しかかっている状況といえるだろう。

今年の1月初めには、多くの投資家が米国の物価は上昇しづらく、低物価・低金利の環境が維持され、株価は堅調に推移すると期待していた。それが、1月下旬あたりから、その状況に少しずつ変化が見られ始めた。米国の連邦公開市場委員会(FOMC)の1月の声明文では、昨年に比べ2018年は物価が上昇するとの見解が示された。また2月2日に発表された1月の雇用統計で、時間当たり平均賃金が前年同月比で2・9%増加した。それは、米国の物価が徐々に上昇していることを想起させるに足る内容だった。雇用統計の発表後には、連邦準備制度理事会(FRB)関係者からは従来の年3回ではなく、年4回の利上げも可能との見解が示され始めた。徐々に、低金利環境が株式市場への資金流入を支え、株価が上昇トレンドをたどるとの見方は維持しづらくなっている。そのため、一時的に株価が反発しても、先行きの金利上昇懸念が売り圧力を高め、相場の不安定感を高めている。

すでに米国の労働市場は事実上、完全雇用に達したと考えられる。人手不足は徐々に顕在化し、人員確保のために割増賃金を支払おうとする企業は増えやすい。トランプ政権のインフラ投資計画の内容によっては、一段と労働市場のひっ迫感が高まり、インフレ期待が高まる展開も想定される。ということは、これまでと異なり、FRBにとって物価低迷に配慮する必要性は低下している可能性がある。任期を終えたイエレン前FRB議長が商業用不動産市場などの割高感を指摘したことを踏まえると、FRBの執行部には景気の過熱感に対する警戒がありそうだ。経済の過熱感を抑えるために、FRB関係者がタカ派(利上げ賛成派)としての見解を示す可能性は高まっている。そうした見方が増えるにつれ、米国の長期金利は上昇基調で推移するだろう。

それに加えて、株価のバリュエーションも割高だ。足元の株価収益率(PER)やCAPEレシオ(過去10年間の一株利益の平均値から景気循環による物価変動の影響を除去し、実質ベースに直した株価収益率)などのバリュエーション指標は、過去の平均水準に比べて高い。利回りも低下している。適温経済への期待が低下する中、ここから株を買い上げるには一段の増益期待が必要だ。米国をはじめ世界全体の需要が短期間で盛り上がることが欠かせない。ただし、需要の動向に目を向けると、米国での新車販売台数は循環的な要因から伸び悩みつつある。また、期待されたiPhoneXの減産報道もある。短期間で人々のほしいと思う気持ちを刺激する革新的な製品が創出されるなら、需要の盛り上がりは可能だろうが、それを実際に進めることはかなり難しい。

今後、長期金利が上昇するようだと、米国の家計消費は減少する可能性がある。今回の金利上昇は株式市場の調整に加え、景気回復ペースの鈍化の一因となるかもしれない。そのリスクを回避するためには、米国政府がハイテク産業などの支援を進め、潜在成長率の引き上げに向けて取り組む必要がある。仮に米国経済の先行きに黄色信号が灯るようだと、世界経済が不安定化することも考えられる。その場合には、わが国経済も足を引っ張られることが懸念される。その意味では、今後の米国のインフレ懸念や金利水準の動向には、注意が必要だ。米国の金利の動きが、世界経済の行方を占う上で一つの鍵を握っているといっても過言ではないだろう。

まかべ・あきお 1953年神奈川県生まれ。76年、一橋大学商学部卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。83年7月ロンドン大学経営学部大学院卒業。メリルリンチ社ニューヨーク本社出向などの後、市場営業部、資金証券部を経て、第一勧銀総合研究所金融市場調査部長。現在、法政大学大学院教授。日商総合政策委員会委員。『はじめての金融工学』(講談社現代新書)など著書多数。

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