テレビ、新聞、雑誌などのマスメディア広告の効果がかつてほど大きくなくなったという声が聞かれる一方、インターネットによる情報発信量はすさまじい勢いで増えている。
「エリック・シュミットによると、人類の誕生から2003年までわれわれが行ってきたコミュニケーションを全て記録すると50億ギガバイトになるという。今は、2日で同じ量のデータが生み出される」とは、イーライ・パリサー著『閉じこもるインターネット』の一節だ。エリック・シュミットとは米国を代表するIT企業、グーグルの会長である。
人類創世記から蓄積されたデータ量が、現代ではたった2日で生み出されるまさに情報洪水とでもいうべき時代に私たちは生きている。
生活レベルでも、こうした情報量の増加ぶりは理解できる。その代表的存在が、フェイスブック、ツイッター、インスタグラム、ラインといった、人と人とのつながりやコミュニケーションを促進するソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)やコミュニティー型ウェブサイトである。スマートフォンの普及とともに飛躍的に利用者を増やしている。
SNSが常識を変える
これらの新しいコミュニケーションツールがいま、従来のマーケティングの常識を変えようとしている。しかも、そのパートナーは意外な広告物なのである。
701年に制定された日本ではじめての体系的な法律、大宝律令を構成する関市令に記述が残る最古の広告物「看板」がそれだ。見る者の関心を集める看板はスマートフォンで撮影され、すぐさまSNSで拡散していく。そんな事例が全国各地で見られるようになった。
先ごろ小誌「商業界」で主催した、全国から優秀な看板・屋外広告物を募集・顕彰するコンテスト「商業界看板大賞」にも、そんな事例が集まった。
赤い垂れ幕の中央には、店特製の博多ラーメンのアップ写真。その器の中に設けられた穴から顔を出せば、あたかも気持ちよさそうにラーメンに浸かっているかのように見える。そして、添えられた「『旨いラーメンを食べたい‼』をかなえたい。」の文句が店主の思いを主張する。三重県松阪市の中心市街地に店を構える「博多ラーメンばんび」の顔出し看板である。 同店はその味に定評があり、飲食店検索サイトでは常に上位に掲載される人気店。このたび「商業界看板大賞」の大賞を受賞した。
拡散効果で客数1・5倍に
店主の江村隆史さんが看板を取り付けたのは2011年6月のこと。この看板が話題となってお客を呼び、客数はそれまでのおよそ1・5倍になったという。
「店先でお待ちいただくお客さまに、その時間を楽しんでいただきたかったのです。そこで楽しい看板を設置しようと考えて、思い付いたのが看板メニューのラーメンの写真。次にふと、〝観光地でよく見かける顔出し看板はどうか?〟とひらめいたのです」と江村さん。お客さまへのサービス精神が生みだしたアイデアだった。
看板の評判は、利用客のフェイスブックやツイッター、ブログなどのソーシャルメディアを通じて瞬く間に拡散していった。その結果、リピート利用が増えたことに加え、それらの情報に触れた人が観光や出張で近くを訪れた際に来店するようになった。
また、自身もフェイスブックに書き込んだ翌日には、8000件超のリーチ(コンテンツを閲覧したユーザー数)があったという。「お客さんの反応が大きく、しかも早いことに驚きました」
SNSと看板──この対象的な情報発信手段を使いこなすことが、情報洪水時代に求められている。
(笹井清範・『商業界』編集長)
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