昨年11月1日、東京商工会議所の第21代会頭に三村明夫・新日鐵住金相談役名誉会長が選任された。同月21日には第19代日本商工会議所会頭に選任され、新体制を始動させた三村新会頭。就任に当たっての抱負やビジョン、さらにはこれから求められる経営者像などについて聞いた。
─日本各地の地域経済を担う商工会議所のトップに就任された抱負を聞かせてください
日本はデフレの中に20年間も閉ざされ、そのことで日本人のマインドはどんどん崩れました。デフレは成長に対する意欲を削ぎ、日本そのものに対する自信をも失わせました。先進国の中でこれだけ長いデフレを経験した国は、恐らくないでしょう。この10年間であっという間に約50兆円のGDP(国内総生産)を失い、1人当たりのGDPでもOECD諸国中2位だったのが14位となり、国際的な競争力も失いました。
アベノミクスはデフレが日本の病根だということを喝破し、取りあえず2本の矢(金融緩和と財政出動)で対処した結果、株価は上がり円高が修正され、ようやく日本人は将来に対する希望を持てるようになりました。すなわちデフレ脱出の好機が訪れたということですが、当然デフレから脱出するだけでは不十分で、日本経済全体を成長軌道に乗せることが大切です。
その前提として震災復興と福島の再生があり、それなくして日本の再出発はありません。全国の514商工会議所、126万の会員、日本の企業数の30%を占める組織を担う立場として、会員と共に総力を集めて震災復興と福島の再生、そして日本再出発に向け、いささかの貢献をしたいというのが率直な所信です。
自ら考えビジョンを創りだす商工会議所
─商工会議所だからこそ果たせる役割とは何でしょうか
「会員企業の繁栄」、「地域の再生」、「日本経済の成長」、この3つを同じ方向性で深化させることがまず大事です。商工会議所は特定の利益を代表していないことでニュートラルな立場から地域のことを考えることができ、行政とも密接な関係を築くことができます。地方再生は難しい課題ですが、一次産業の活性化を図り、観光資源などを最大活用した振興策に全力を挙げたいと思います。
現場を強くしトップとの距離近く
私は経営トップのときから現場を大事にすることが大切だと考え実践してきました。トップが方向性を明確にした上で、現場をより強くすること、そして、何よりトップと現場の距離が近いことが強い組織になる要諦だと思います。各地商工会議所を訪問し、今、現場で何が課題なのか、何が求められているのか、どのような創意工夫を実践しているのかなど、皆さんと積極的に議論をしていきたいと思います。
商工会議所は自ら考えビジョンを創り出し、地方再生を実現できる機関だと思います。地域経済社会の発展の中心的な存在として、会員企業をはじめ、さまざまな方の協力を仰ぎながら総力を結集していきたいと考えています。
自信と希望を持ち成長軌道へ
会員との対話重ね広範な課題を提言
一企業では解決できない問題に対応
─景気回復が見られる一方で、依然苦境に立たされる企業や、新たな企業負担もあります
どのような組織でも現場では様々な課題が日々起こります。それらへの対処法としては、まず自助努力が求められます。苦境にあっても素晴らしい独創的なアイデアを実行して、難しい課題を克服している企業が数多くあり、商工会議所の役割は、そういった成功した実践例をできるだけ多くの方にシェアしていただくことです。
もう一つの役割は、現場でいくら対処しようとしても解決できない問題に取り組むことです。一例を挙げれば電気料金の値上げや消費税の転嫁問題などがあります。電気料金の引き上げについては95%の企業が価格に転嫁できておらず、利益率が数%しかない場合、転嫁できないことで赤字になる企業もあります。また、4月以降の消費税の増税でも3%分が転嫁できなければ経営に直接的なダメージを与えます。転嫁をいかにスムーズに行うか、一企業では解決できない大きな問題です。商工会議所では相談窓口の開設や講習会の実施などで対応するとともに、政府に対して積極的な転嫁対策を繰り返し要望しています。
これらの問題に限らず、私は現場主義、双方向主義の方針に沿って会員企業と対話を重ねて、広範な経営課題を吸い上げ、総意を政策提言の形で関係当局に要望していくつもりです。
─政府の役割、民間の力について
現政権の政策については、経済成長に向けての取り組みという観点で支持しています。
引き続き、法人実効税率の引き下げ、規制・制度改革を通じた国際的なイコールフッティング(同じ競争条件の土俵に立つこと)の実現、経済連携協定の早期妥結、強い農林水産業の育成、持続可能な社会保障制度の再構築と財政健全化の両立などに強い意志をもって取り組んでいただきたいと思います。
当然、われわれ民間は環境整備を求めるだけではなく、自助努力を実践しなければなりません。自らの成長のために創意工夫に知恵を絞り、絶えざる技術革新や商品開発に全力を挙げ、創業や新産業の創出などに果敢に挑戦していかなければなりません。競争環境が整備され、その中で民間が成長に向けた取り組みにまい進すれば、投資や雇用の拡大、賃金増、さらなる需要の増といった経済の好循環が産み出されるはずです。
国際化を追い風に発展を図る
─TPP(環太平洋パートナーシップ協定)やFTA(自由貿易協定)など経済の国際化が加速していますが、中小企業への影響をどうお考えですか
最近でも韓国への大企業の進出が続いていますが、動機は分かりやすい。韓国は米国など多くの国々とFTAを締結していますので、関税が低い韓国から輸出しようとしているわけです。日本はビジネスインフラとしての自由貿易協定で遅れを取っていて、これでは世界と伍して戦えません。経済連携協定は直接投資の道を開くもので、中小企業にとってもチャンスを与えることになります。
経済連携協定では、日本の市場もオープンにしなければイコールフッティングになりません。オープンにすることは競争原理を導入することになりますが、結果的に効率化が促進され、日本の構造改革にもつながると思います。
─商工会議所は中国、インド、東南アジアなどアジアに経済ミッションを度々派遣しています
中国や韓国との関係については、民間ベースではあまり政治の影響を受けることなく、ビジネスパートナーの関係が維持されています。中国では圧倒的に政府の影響力が強く、ウエイトが大きいのでルールが変更されることも度々ありますし、韓国でも同様に政府の力が強い。今のところ、ビジネスでは問題はありませんが、両国との関係を回復していくためには、政治と経済が手を取り合って付き合わなければなりません。それができないままでは潜在的に大きなリスクを抱えることになります。
中国もこのところ経済界トップが来日して日本の政府高官と懇談したほか、経済界同士による民間外交も進んでいます。焦る必要はなく、交流できる分野で積極的に進めればいいのではないでしょうか。
中小企業の海外展開の後押しは、商工会議所としても一層力を入れたいと思っています。会員企業の進出先の多くはASEAN諸国ですが、これまでは大企業についていくというパターンでした。
しかし、最近では新たな市場を求めて、中小企業自らが海外進出に果敢に挑戦しています。ジェトロ(日本貿易振興機構)などほかの機関との連携を含めて、どういう支援ができるのか検討を重ねています。海外展開のノウハウを必要とする中小企業の支援は、経済団体としての大事な使命だと思います。
─商工会議所が推進してきた2020年オリンピック・パラリンピックの東京開催が決まりました
開催地決定の当日は、韓国に出張していたので現地でテレビを通して見守っていました。「TOKYO」と画面に出た時は本当に感動し、今でも胸が熱くなります。
オリンピック・パラリンピックが6年後に日本で開催されるということは、日本にとって非常に大きな意味を持っています。国民が連帯して力を合わせ、日本の良さ・強みをもう一度認識する、そして自信と希望を持って将来に挑戦していくことができます。また、東京だけでなく、各地域においても、自身の成長を実現できるまたとないチャンスとなります。
国際社会の中で、日本の潜在力を高め、その存在を確立する節目だと考えています。
「大きな決断」で生き残る
─経営者として業績を向上させる一方、外国資本からの買収攻勢を乗り切り、合併も成功されました。経営者に向けたメッセージをお願いします
日本の内需が減って生産能力が余り、需給ギャップがあることがデフレの大きな要因です。デフレ解消への安倍総理の進め方は需要拡大対策で効果は出ていますが、それだけでなく供給対策、すなわち合併や企業再編などを活用して適切な供給体制にシフトしていくことも、デフレからの脱却を促進すると思います。私が取り組んだ企業合併では、大きなシナジー効果を得ることができ、抜本的な競争力向上を実現することができました。各業界においても、こうした事例が増えることを期待したいと思います。
こういう時代に経営者に必要な資質は、やはり決断力です。相似形の縮小に取り組んでいる限りは、経営者はあまりやることはありません。世の中が変わるときは相似形でない非相似形、今までとは違うことに挑戦するべきです。海外に行く決断もあるかもしれないが、国内で工場を新設する選択肢もある。また、別の会社と一緒になることかもしれない。非相似形の拡大もしくは縮小を決断しないと大きな変化の中で生き残っていけないと思います。
また、企業経営では70%ぐらいは部下から上がってくる課題に対して模範解答を出せばそれで回っていきますが、20~30%ぐらいは部下から上がってこない課題があります。そうした課題を自ら見抜き、部下に指示し、解決を図っていくこと、これこそが経営者の醍醐味だと思います。
このためには、海外も含めた多くの経営者や政府関係者などと意見交換を積極的に行い、自らの判断の基軸なり洞察力を磨いておく必要があります。経営者がやれることは大きいし、経営者でしかできない案件もたくさん転がっていると思います。経営者は勇気を持ってやるべきと言いたい。やるべきことの多い今こそ一番面白い時期だと思います。
同時に従業員が誇りを持てる会社にしたいと思ってやってきました。自分たちの仕事は世の中に役立っているという誇りを持つ。一緒に働く喜びはそういうところにあると思います。
(聞き手:ジャーナリスト 八牧 浩行)
「現場主義」「双方向主義」を実行
三村明夫日商会頭は、昨年11月21日の就任以降、約1カ月で全国9ブロックを訪問。各地で意見交換や視察などを精力的に行った。
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