事例2 経営危機に陥った3社を“統合”し商工会議所が新タクシー会社を設立
須崎商工会議所(高知県須崎市)
高知県中部の太平洋沿岸に位置する須崎市では、今回のコロナ禍の影響により、市内タクシー会社3社が大打撃を受け、経営の継続が難しい状況にまで追い込まれた。3社とも年内の廃業を考慮に入れていることが分かり、このままでは市民の足に大きな影響が出ることを危惧した須崎商工会議所は、すぐさま対応を始めた。3社から事業を引き継ぐ、新たなタクシー会社の設立に動いたのである。
3社廃業まで時間がない中 迅速に話を進めていく
須崎市は漁業などが盛んな人口約2万1000人のまちで、錦ハイヤー、須崎ハイヤー、吾桑ハイヤーの3社がタクシー事業を行っている。タクシーは主に、高齢者の通院や買い物、夜の飲食街からの帰宅に利用されていた。そこにコロナ禍が押し寄せ、タクシーの利用客が大幅に減ることとなった。そして5月下旬、3社のうちの1社の社長が須崎商工会議所を訪れ、「このままでは8月には廃業せざるをえない」と相談したのが、事の始まりだった。今回の新タクシー会社設立に奔走した、同所専務理事の坂井正輝さんは、その後のいきさつについてこう語る。
「廃業と聞いて驚き、すぐにほかの2社にも状況を聞いたところ、どこも収入が半減していました。どの社も損益分岐点を大幅に割っていて青息吐息の状態で、自分たちもできることなら年内には廃業したいという声が出てきました」
3社とも廃業してしまったら、市内にタクシー会社はなくなり、須崎市民の足に大きな影響が出てくる。特に自分で車を運転することができない高齢者にとっては、病院への通院も困難になり、文字どおり死活問題にも直結する。そこで坂井さんは、市も交え、3社の社長たちを集めて、善後策について協議していった。年内の廃業まであまり時間は残っていない。迅速に話を進める必要があった。
「3社全てが廃業することを避けるため、1社が残りの2社を吸収合併する形で経営を続けていくという案が一つ。これはどの社も事業から手を引きたいということだったのでだめでした。もう一つは、市が新タクシー会社の母体をつくり、経営を民間企業に任せる上下分離方式の形です。しかし、こちらの案も、運営開始までに1年以上かかるということで無理でした」
新会社の構成についても商工会議所が役割を果たす
「そうなると、新会社をつくる方法しかないとなりました。そのためには3社が同じ日に廃業して、その翌日から新会社がスタートする必要があり、3社にはそれで納得してもらいました。そして、新会社が3社から車や無線などの資産、そして従業員を引き継ぐということで、皆さんに了承していただきました。どの社長さんもそれぞれタクシー事業への思い入れがあり、その足並みを調整していくことに苦労しました」
3社は11月30日で廃業し、新会社がその翌日の12月1日の開業を目指すことが決まった。その後は新会社の構成や出資金などについて早急に決めていく必要がある。また、陸運局にタクシー事業運営に関する許認可申請も準備していく必要がある。短期間にやることは山ほどあった。
「そこでは、新会社の社長は誰にするのか、役員や株主の構成、開業資金や当面の運転資金をどうするかなど、新しい会社の箱を形づくっていくことが、当所の大きな役割でした。特に株主の構成については、出資者が多いと運営が難しくなってくるので、まずは少人数の株主に絞ってスタートダッシュする必要がありました」
こうして同所の呼び掛けで3人の出資者が計400万円を出資し、新会社名は「須崎しんじょうハイヤー」に決まった。同所とJA土佐くろしおも計100万円を出資する。開業費用と当面の運転資金は5400万円を見込み、市が補助金2500万円を市長による専決処分(地方公共団体の長が、議会の議決・決定を受ける前に処理すること)で出すことになり、残りは金融機関から借り入れることになった。市の補助金交付についても、同所が大きな役割を果たした。
多くの市民に喜ばれるタクシー会社に
社長については時間がないこともあり公募はせず、市とタクシー会社3社、同所の議員たちが候補者を出していき、これはという人物に打診することにした。それで決まったのが、四国銀行出身で、現在は経営コンサルタントを務める山本裕司氏である。
「新会社には困難が多く、風当たりも強いでしょうから、社長になる人は数字が読めるだけでなく、バイタリティーがある人でなければ務まらない。その点で山本さんは、初めてお会いしたときに強いハートの持ち主だと感じました。今は山本さんと一緒に、陸運局や旧3社との交渉などを進めているところです。山本さんは須崎の人ではないので、地元との調整は当所が担当し、山本さんが動きやすいようにフォローしています」
旧3社の乗務員やそのほかの従業員たちの雇用については、現在、新たな雇用条件を詰めている段階で、それが決まり次第、新条件を提示し、再雇用を希望する人は全員受け入れる。乗務員については高齢化が進んでおり、若くても50代後半で、60代、70代が主力であることから、これを機に引退する人も出てくることが予想される。
「新会社は1社独占になりますが、それに甘えず、まずはサービスレベルのさらなる向上に努めます。それにより市民に喜ばれる会社にしていきたいと思っています」と、坂井さんは決意を新たにする。同所は、その後も経営陣の一員として新会社の経営のサポートを行っていく。
今後も多くの困難が待ち受けているが、同所が主体となって進めた新タクシー会社の設立は、旧3社にとっても、その従業員にとっても、須崎市民にとっても、このコロナ禍の明るい光となることに間違いない。
会社データ
須崎商工会議所
所在地:高知県須崎市西糺町4-18
電話:0889-42-2575
HP:http://cciweb.or.jp/susaki/
※月刊石垣2020年11月号に掲載された記事です。
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