コロナ禍でいわゆるコロナ廃業や黒字廃業が増えているが、後継者がいないための廃業も多い。親族に後継者がいない場合は、M&Aも含めた第三者承継という手がある。とはいえ、第三者承継には愛着がある社名の存続や従業員の継続勤務など、経営者にとっては不安な点も多い。そこで、社名も従業員もそのまま承継してもらう第三者承継によって、危機を回避し企業の存続に成功した取り組みを追った。
総論 第三者承継によって「大切な5人の未来を守ろう」
笹井 清範(ささい・きよのり)/商い未来研究所代表
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5年後に国内企業の3分の1が消滅する?!
「コロナ元年」となった2020年は、国内企業の倒産件数が7年ぶりに1万件を超えると予想されている(帝国データバンク調べ)。休廃業や解散に追い込まれる企業も、東京商工リサーチによると1~8月で、すでに約3万6000件(前年同期比23・9%増)を数え、年間では00年の調査開始以来最多となる5万3000件を突破する見通しだ。
呼び水となったのは、新型コロナウイルスの感染拡大による景気悪化であることは間違いない。しかし根本の原因は、経営者の高齢化と遅々として進まない事業承継という‶国難〟にある。
「2025年問題」をご存じだろうか。戦後の経済発展を担ってきた団塊の世代が25年以降に75歳以上の後期高齢者となることによって生じる医療、社会福祉をはじめとする諸問題をいう。
当然、経営者であっても例外なく歳を重ねる。中小企業庁のレポートによると、25年に、経営者の平均引退年齢とされる70歳を超える中小・小規模事業者は約245万社となり、そのうちの約半数の127万社が「後継者未定」という状況にある。これは日本企業全体の3分の1にあたる数字だ。
仮に127万社の後継者が見つからずに休廃業・倒産した場合、約650万人の雇用が失われ、約22兆円ものGDPが消失するという。‶国難〟と言わざるを得ない理由がここにある。
「企業の使命とは、5人の幸せを実現することである」とは、‶人を大切にする経営学会〟の坂本光司会長(元法政大学大学院教授)の言葉。5人とは、①従業員とその家族、②取引先とその家族、③現在顧客と未来顧客、④地域社会とそこに暮らす社会的弱者、⑤右記4者を大切にする企業へ投資する株主を表し、列挙順に重要度が増すと坂本会長は提唱する。
確かに企業は社会的存在であり、そこに関わる人たちは多岐にわたり、その数は少なくない。前述のように127万社が休廃業・倒産したら雇用やGDPのみならず、現在から未来に向かって大きな禍根を残す。それほどに事業承継は未来を左右する。
廃業理由の3割が後継者難 未定企業の半数が事業売却可
では、なぜ事業承継は進まないのか。
日本政策金融公庫総合研究所の「中小企業の事業承継に関するインターネット調査(2019年調査)」によると、後継者が決まっていて後継者本人も承諾している「決定企業」はわずか12・5%にとどまる。残りは、後継者が決まっていない「未定企業」が22・0%、「廃業予定企業」が52・6%、「時期尚早企業」が12・9%となっている(図1参照)。
過半数を占める廃業予定企業の廃業理由は、「そもそも誰かに継いでもらいたいと思っていない」が43・2%と最も多い一方、「子どもがいない」「子どもに継ぐ意思がない」「適当な後継者が見つからない」を合わせた後継者難による廃業も29・0%見られた(図2参照)。
未定企業の事業売却に対する意識を見ると、「現在売却を具体的に検討している」が4・5%、「事業を継続させるためなら売却してもよい」が 45・5%と、半数の企業で事業売却の可能性があることがうかがえる。引き継いでもらいたい経営資源は、「事業全体」(50・3%)のほか、「従業員」(26・0%)、「販売先・受注先(企業・一般消費者など)」(17・8%)、「設備(機械・車両など)」(16・0%)などが挙げられている。約7割の企業が何らかの経営資源を引き継いでもらいたいと望んでいるのだ。
このように、廃業理由の3割が後継者難であり、未定企業の半数が継続のために事業売却を許容している。つまり、前述の5人を守るためには「親族間への承継」「従業員への承継」よりも、「第三者への事業売却による承継(M&A)」が現実的かつ急務になっていることが分かる。
支援策が充実している第三者承継のメリット
では、にはどのようなメリットがあるのだろうか。
売り手であれば、①外部から後継者候補を探せるし、②事業継続や拡大が望め、③個人保証などのストレスから解放されて株式売却の利益を獲得できる。買い手であれば、①既存事業の買収ならば基盤強化が図れ、②新規事業の買収ならばノウハウと時間が入手できる。もちろんデメリットもあるが、それを上回るメリットが存在することから、中小企業のM&Aは年々増加の一途にある。
こうした社会的要請の観点から、政府の支援策も充実している。
「事業承継補助金」は、事業承継などを契機として経営革新や事業転換を行う中小企業に対して、その新たな取り組みに要する経費の一部を補助する制度。経営者交代に伴う新たな取り組みに要する経費の一部を補助する「後継者承継支援型」の場合、小規模事業者で上限額200万円・補助率3分の2、小規模事業者以外で上限額150万円・補助率2分の1が補助される。
また、全国47都道府県に設けられた「事業承継引継ぎ支援センター」では、同センターに設置されている「後継者人材バンク」を活用して、後継者不在の中小企業・小規模事業者と譲受を希望する創業希望者や事業者とのマッチングを実施している。その事例として後述する「平船精肉店」はまさにそのケースで、創業希望者であった現店主の手により地元で長年親しまれてきたソウルフードの味が守られている。
かの近江商人は「店よし、客よし、世間よし」という三方よしを理念として繁栄を続けた。もう一つの事例「諏訪商店」の場合は、老舗の伝統と技術という文化を守った世間よしである。
ならば私たちも、5人の幸せを大切にする‶五方よし〟によって、この難局を乗り切りたい。そのための第三者承継なのである。
公的機関が仲を取り持ち地域の食文化を未来へ継承
創業型事業承継 平船精肉店【岩手県盛岡市】
平船繁さんは23歳で創業以来切り盛りしてきた平船精肉店を、2017年5月に会社員の竹林誠さんに事業譲渡した。それまで仕事上の関係も面識もない二人の仲を取り持ったのが、後継者のいない事業者の引継ぎを支援する公的機関「岩手県事業引き継ぎ支援センター」だった。
県都盛岡市の肴(さかな)町商店街にある同店は1960年、売り場面積6・4坪の小体な店として開店。平船さんが創意工夫を重ねてつくり続けたローストチキンは、クリスマスシーズンを控える12月には毎年2万本以上が売れるというから、まさに盛岡のソウルフードだ。
平船さん夫妻には息子がいるが、都内の大学を卒業して上場企業へ就職し、後継者はいない。
そこで第三者への事業承継を決断。そのとき重視した条件が「屋号を引き継ぐこと」「従業員を継続雇用すること」、そして「ローストチキンの味(品質)を守ること」の3点。当初、支援センターは金融機関による仲介を提案するが、平船さんの希望をくみ、支援センターが直接仲介してくれた。それで出会ったのが竹林さんだった。
譲渡金額の半分を一括で払い、残り半分は5年分割払いとした。店舗は賃貸として毎月家賃を支払い、店内備品は無償で提供を受けた。従業員2人を継続雇用し、「顧問」として平船さんから2年間にわたり無償でノウハウを伝授されることで、ローストチキンの味は受け継がれていった。
「先代とは店を100年続ける約束をしています」と竹林さん。現在創業60年で、竹林さんは42歳だから、三代目への事業承継は必須。次にはどのような物語が紡がれるのか、今から楽しみである。
そこに使命を見いだせれば第三者承継は相乗効果を生む
シナジー型事業承継 諏訪商店【千葉県市原市】
「シナジーが見込め、地元に貢献でき、ご縁があること」と、第三者承継の要件を語るのは「千葉のおいしいを大切に」を事業理念に、千葉県の特産食品を製造販売する諏訪商店の諏訪寿一社長。1969年創業の同社を父から承継し、2003年に代表取締役に就任すると、卸売業から出発した同社を製造業、小売業、農業、飲食業へと発展させている。
地元の地銀から企業買収の相談を持ち込まれたのは2016年4月のこと。1848年創業、千葉県東金市で麹発酵食品をつくる小川屋味噌店が第三者への事業承継を望んでいた。主力商品の金山寺味噌は全国出荷量の3割近くのシェアを誇っている。
小川屋味噌店には二つの強みがあった。一つは経営の安全性を示す自己資本比率。中小企業の黒字企業平均値と比べても遜色ないレベルであった。もう一つは、高度な熟練が必要な麹発酵食品の製造技術だ。
諏訪商店の全額出資子会社として再出発した小川屋味噌店では、従業員の給与待遇を改善しつつ、業務のIT化、製造工程の合理化を推進。これまでの単品大量生産から細分化する顧客ニーズに合わせた多品目少量生産へと舵を切ると、売り上げは上昇軌道に乗った。パッケージに見返り美人図がデザインされた人気商品「甘酒美人」は、両社の強みが相乗効果を発揮した代表的商品だ。
実は小川屋味噌店より前に、事業譲渡を持ちかけられていた企業があった。魚介類の佃煮など水産加工品を製造する山甚(茨城県鹿嶋市)である。2019年8月に全株式を取得し、こちらも諏訪商店グループに統合した。
すると、小川屋味噌店の従業員の中から山甚での佃煮づくりを志願する者が現れ、その技術を1年半の修業の末に修得。無添加と魚臭さを感じさせない仕上がりで人気を呼ぶ佃煮「ピリ辛いわし」に結実している。
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