宮城県気仙沼市
船乗りに正確な地図と羅針盤が必要なように、地域づくりに客観的なデータは欠かせない。今回は、世界三大漁場の一つである三陸沖を目前に控えた全国屈指の水産都市であり、今やDMO(観光地域づくり法人)の先進地として有名な気仙沼市について、まちの羅針盤(地域づくりの方向性)を検討したい。
震災前と変わらぬ経済構造
気仙沼市の地域経済循環(生産↓分配↓支出と流れる所得の循環)は、分配段階で財政移転により域外から所得が流入するが、支出段階で域際収支(地域の経常収支)のマイナスにより域外へ所得が流出する構造で、震災前後(2010年と2015年)で大きな変化はない。10年から15年にかけ、財政移転が3500億円増加(394↓3839億円)したが、域際赤字も2千億円以上拡大(578↓2837億円)している。地域GDPは1914↓3162億円と大きく増えたが、建設業を除くと1787↓1741億円の横ばいである。巨額の財政移転があるものの、域外企業への発注などで所得が流出するのみならず、建設業以外は、仕事もノウハウも地域に残らない構造だ。
現状はどうか。
震災後、気仙沼市は観光業を水産業と並ぶ主要産業にする戦略を打ち出し、17年には司令塔として「気仙沼観光推進機構」が、推進機関となるDMOとして「気仙沼地域戦略」が設立された。観光で稼げる地域経営と地域経済の循環拡大を目指し、域外への漏れが大きな現在の循環構造の適正化を狙っている。
特筆すべきはノウハウの内在化を図っている点だ。ポイントカード「気仙沼クルーカード」事業の構築から顧客情報を基にした観光商品の開発といったマーケティングを、いたずらに域外任せにせず、自分たちで試行錯誤しながら取り組んでいる。若年層がやりがいや興味を感じる仕事が地域に生まれているのだ。
経済循環の適正化には時間を要するが、20年の人口を見ると、予想5万9609人(18年推計)に対し、実績6万2601人と約3千人も上振れしている。これまでの気仙沼市の取り組みの成果であろう。
驚きと感動が得られる地域に
16年経済センサスによれば、気仙沼市の「宿泊業、飲食サービス業」の労働生産性は166万円で、宮城県平均の204万円を2割近く下回る。観光業を主要産業にするためには、この底上げが必要だ。そのためには、やみくもに観光推進するのではなく、趣味やテーマ性が高い特別な目的を有する観光、いわゆるSIT(Special Interest Tour)を増やすことが求められる。通常観光よりも高い単価での提供が可能で、リピート客も多い。ただし、一つ一つはニッチであり、多種多様なSITを準備する必要がある。
地域資源を活(い)かしたSITが増えれば、他地域との差別化にもつながる。ただ、伝統的マーケティングと違い、地域マーケティングの場合は、既に地域資源という商品(の素材)が存在する。顧客のニーズを把握して新しい商品をつくるのではなく、地域資源を十分に理解し、客観的な分析を行って、必要であればブラッシュアップし、潜在的な顧客(ツーリストニーズ)へと結び付けていくことが重要だ。地域に対する深い理解が必要で、本当の顧客が誰か見えていなければできない取り組みであり、コロナ禍でますます重要となるのではないか。
最終的には、気仙沼ならではの地域の暮らしや伝統などを観光資源化し、暮らしと仕事のリアルが体験できるテーマパーク化構想を市は掲げている。多様な魚種の水揚拠点で幅広い水産関連産業があるように、さまざまなテーマで観光商品を生み出せるであろう。
まずは自分たちの地域の本質的な価値を十分に理解すること、その上でSITを重層的に増やし、誰がいつ来ても驚きや感動を与えられるようにすること、それが気仙沼市の羅針盤である。
(DBJ設備投資研究所経営会計研究室長、前日本商工会議所地域振興部主席調査役・鵜殿裕)
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