現在、コロナ禍で業績が悪化し、新入社員研修や人材教育ができないと嘆いている経営者も多いと聞く。しかし、逆境のときこそ人を育てる契機であり新たなビジネスへ出ていくチャンスでもある、と唱えるのは人材教育のプロフェッショナル・青木仁志さん。今だからこそ、そんな青木さんによる特別誌上セミナーに加えて、人材育成に力を注いでいる2社の事例を紹介する。
総論 組織の“水質”を改善して主体性を持った従業員を育成する
青木 仁志(あおき・さとし)/アチーブメント 代表取締役会長 兼 社長 アチーブメントグループ 最高経営責任者(CEO)
新型コロナウイルスの感染拡大が各方面に暗い影を落とした2020年がもうすぐ終わろうとしている。新しい年を迎えるにあたってまず力を入れるべきは、業績悪化やコロナ禍などの逆境を乗り越える強い組織、そして強い従業員を育てることではないだろうか。その極意を、延べ42万人以上の人材育成と、5000人を超える中小企業経営者教育に従事してきた青木仁志さんに聞く。
「何のために会社をやっているのか」を明確にする
―2020年、新型コロナウイルス感染の拡大の影響で、新入社員研修や人材教育が十分にできなかったという経営者の声をよく耳にします
青木仁志さん(以下、青木) 業績悪化などでそれどころではなかったかもしれません。しかし、「企業は人なり」の言葉通り、特に中小企業にとって最大の資本は「人」です。苦しいときこそ社員に投資をする、つまり人材育成に力を入れることが、組織を強くする鍵だと思います。
―この状況下で、どんなことから取り組んだらいいでしょうか
青木 単に研修や勉強会を行い、仕事のノウハウや技術を教えても人材は育ちません。経営者自身が、誰のために、何のために、なぜ会社をやっているのか、経営の目的に立ち返る、あるいはこの機に明確にすることが先決です。経営の目的の達成を目指すことを、私は「理念経営」と呼んでいますが、経営者がそれを実現するための具体的な計画を立て、それを社員が理解・共感することが重要です。
―理念を掲げている企業は少なくありませんが……
青木 仮に理念を掲げていても、お題目になっている場合があります。理念経営を行う上で、私は五つの要素で構成されたピラミッドを用いて説明しているのですが(「従業員が育つ!POINT①」図参照)、その土台に当たる理念やビジョン、つまり経営者自身が経営の目的をきちんと定めていないと、実践までこぎ着けないのです。
―まずは経営者ということですか
青木 経営の目的は人それぞれですが、個人的な願望や利益の追求、目先の損得を目的にすると、社員はコストの対象となり、いかに安く使うかという発想に陥ってしまいます。そんな経営者の考えに共感して、頑張ろうとする社員が果たしているでしょうか。実際にあった中小企業の社長の話ですが、「あなたは何を求めて経営をしていますか」と質問したら、「うーん」と考え込んでしまってなかなか答えが出てきませんでした。何度も聞き続けて、ようやく出てきたのは「……ベンツですかね」。社長が高級車を買うために働かされるのでは、従業員はたまりません。
―経営理念をきちんと見据えるにはどうすればいいですか
青木 私の場合は、セルフカウンセリングを1日3回くらい行っています。自分に対して、「私は何を求めているのか」「そのために今何をしているのか」「その行動は私の求めているものを手に入れるのに効果的か」「もっと良い方法を考え出し、実行してみよう」という四つの設問を問いかけるんです。こうして自己評価をすることで目的が明確になり、自分のするべきことがはっきり見えてきて、行動がぶれなくなります。このセルフカウンセリングは、社員自身が行うことも非常に効果的です。
組織の‶水質〟を良くすると社員のモチベーションは上がる
―人材が育ちやすい環境というのはありますか
青木 当社の行う研修では、組織を水槽に例えます。経営のしくみは水槽、その中で泳いでいる魚は従業員、水質は組織の文化・風土です。仮に水槽の中で泳いでいた魚が病気になり、外に出して治療をしても、水質が悪ければ病気を再発させてしまいます。しかし、水槽の水質が良ければ魚は病気にならないばかりか、元気に泳ぎ回ります。これと同様に、組織の環境が良ければ従業員のモチベーションが下がることもなく、むしろ自ら進んで仕事をするようになります。
―従業員自身の問題もあるのでは
青木 もちろん、そういうこともあるでしょう。実際、多くの企業は従業員のモチベーションが下がっていると、その要因を従業員に求めてしまいがちです。それを改善するために従業員教育を行ったりしますが、それだと一時的にやる気が湧いても、水質が変わらない限り、またやる気を失ってしまいます。特に、今回のコロナ禍で経済全体が冷え込み、先行きが不透明なときはなおさらです。
―悪い水質というのは、具体的にどのような状態を指しますか
青木 「外的コントロール」を用いた組織のことです。外的コントロールというのは、「人間の行動は外部からの刺激に反応することで生じる」という考え方のこと。つまり、上司が部下を叱咤激励(しったげきれい)することで動かしたり、変えようとしたりする方法です。
―無意識にやりがちな方法です
青木 今でも、この方法をよしと考えている人は意外に多いのです。例えば、営業成績が芳しくない部下に対して、激しく攻撃的な口調で叱責したり、口調は穏やかでもチクチクと嫌味を言ったりする上司っていますね。こんな言動や態度をとっていたら、部下は萎縮してしまうだけで、本来の能力を発揮することができません。これまでのマネジメントでは、こうした「批判する・責める・罰する・脅す・文句を言う・ガミガミ言う・目先の褒美で釣る」などで従業員を動かそうとするケースが少なくありませんでした。
―それでやる気に火が付くということはないのでしょうか
青木 外的コントロールは、短期的にはある程度の成果が出たりするのですが、部下からすれば叱責への恐怖が行動の動機付けとなるので長続きしません。これが組織の風土だとしたら、従業員の会社に対する帰属意識が薄れ、人間関係も育まれず、定着率も低下して、業績低迷の要因となります。
「内的コントロール」で社員が主体的に動く環境に
―定着した組織風土はどう変えていけばいいでしょうか
青木 外的コントロールの対極にあるのが「内的コントロール」です。「人は内側からの動機付けによって行動する」という考え方で、そもそも人は他人を変えることができないという前提に立っています。これを念頭に置いたマネジメントでは、相手の中にある真の願望を引き出すために、上司は部下に対して「傾聴する・支援する・励ます・尊敬する・信頼する・受容する・意見の違いについて交渉する」などの言動や行動を取ります。その結果、組織内に恐れや強制がなくなって部下のモチベーションが上がり、自らの強みを生かして‶主体的に〟仕事に取り組んでいく状況がつくられるのです。
―アチーブメントの社員研修プログラムも、内的コントロールによるマネジメントを採用しているのでしょうか
青木 そうです。内的コントロールによるマネジメントの手法は、人の行動のメカニズムを体系化した「選択理論心理学」に基づいています。当社の企業理念にも、選択理論を基にした高品質な人材教育を掲げていて、それを実践してきました。おかげで社内全体に「すべての行動は自らの選択である」という選択理論の考え方が定着し、社員が自分の欲求に基づいて考えながら行動して、成果を上げられる人材に成長しています。
―外的コントロールが当たり前と思ってきた経営者からすれば、やり方を180度転換することになります
青木 「そんなやり方では生ぬるい」と感じる経営者もいます。ミスをしたら指摘して、反省・改善させるべきという考えなのです。しかし、内的コントロールの手法では、ミスをした原因を追及するのではなく、どうしたらより良く改善できるかを一緒に考えるので、恐れを排除しながら状況の改善と成果に向かっていきます。結果として、社員の成長と良好な人間関係を得ることができるのです。
今は新卒の優秀な人材を獲得する絶好のチャンス
―今年は新型コロナの影響もあり、多くの企業が余裕をなくしています
青木 たしかにそうですが、あらゆる逆境には同等かそれ以上の成功の種が隠されています。私はあえて何か新しいことをやってみたらいいと思います。例えば、来年に向けて新卒を採用してみるとか。「そんな余裕ないよ」と思うかもしれませんが、大手企業が採用を控えている今は、優秀な人材を獲得する絶好のチャンスです。かつて当社も、リーマンショック後に新卒を多く採用して業績を伸ばしました。当社では来年度も50人の採用を目指しています。
―どういう人を採用したらいいでしょうか
青木 私は「理念に対する共感性」と「能力」の二つの観点で見極めます。もちろん、会社の理念に共感して、能力も高い人を採用するのが理想ですが、二つのうちどちらを優先するかといえば、理念に共感してくれる人です。なぜなら、能力は本人の意欲と時間があれば伸ばすことができますが、人の価値観には育成できない部分があるからです。
―この時期に新卒を1から育てるのは負担が大きいのでは
青木 即戦力となる人材は魅力的ですが、新卒はひと言で言うと素直なので、会社の理念が浸透しやすいことがメリットです。また、純粋に組織の文化や仕事のやり方を理解して吸収する可能性が高く、理念共感型の人材であるほど、使命感を持って仕事に取り組んでくれます。
―ほかにも新卒を採用するメリットはありますか
青木 会社全体が活性化します。中小企業の場合、どうしても短期的な売り上げに重点を置いた経営になりがちですが、新卒を採用することで経営者をはじめ、既存社員にも新人を育てることを通じて、社内のしくみを整えようという意識が高まります。それにより社内の改善が進み、結果として顧客満足や売り上げ向上につながることが期待できます。「新卒は使えない」という声をよく聞きますが、それは育てていないだけ。目指すべき目的を提示して、主体性を持たせれば、必ず戦力になります。
公平・公正に人事評価できるしくみをつくる
―既存社員を逆境に強い人材に育てるにはどうすればいいですか
青木 やはり経営理念を踏まえて、どんな人材に育てたいのかを具体的にイメージするとともに、従業員全員に理念を浸透させることが重要です。ただ、理念は押し付けてもうまく定着しないので、日常的に理念に触れる機会を設けるといいでしょう。例えば、理念が記載された手帳を全員に配布したり、朝礼で理念唱和したり。定期的に社内報を発行して、社長のメッセージとして届けるのもいい方法です。
―従業員の成長はどのように評価したらいいですか
青木 当社の例でいえば、人事考課制度として「グレード制度」を導入しています。グレード8から1までの職種ランクがあり、そのランク内でAからZまで細かくレベル分けしています。従業員はこの評価制度のもとに、半期ごとに業績目標を設定します。評価基準はいくつかあって、単に数字を達成するだけでなく、理念に基づいた行動をとっているかも考慮し、決定したグレードは報酬とも連動しています。こうした明確な基準を設けているため、従業員も目標を設定しやすく、働きがいにもつながっています。
―女性社員の育成に関しても、同じ人事考課制度を適用していますか
青木 もちろんです。私が制度運用で最も重視しているのは、公平・公正です。採用の基準も研修もグレードの評価も男女差はないですし、そもそも私は社員を男性女性と分けず、シンプルに人間として接しています。女性の場合は、出産などで離職する可能性もあるため、投資の対象として男性の方が選びやすいのは確かです。しかし、女性には女性ならではの強みがあり、相対的にコミュニケーションや対人折衝能力に長けています。その能力を発揮できるしくみをつくって、チャンスを平等に与えて、同じ基準の下で評価することが大事です。ちなみに、当社では出産をした女性社員が職場復帰する割合は100%です。
―従業員を評価するには、そうした明確な基準を設けるのは必須でしょうか
青木 あるに越したことはないでしょう。統計学者デミングの言葉に、「人は他人を評価してはならない」というのがあります。それくらい人を評価するのは難しい。他人から見た自分と、自分から見る自分ではとらえ方が違うからです。ここにギャップが生じれば、本人はやる気を失い、人材として育たなくなってしまいます。そうならないように、五つのステップ(「従業員が育つ!POINT④」参照)を実践することをおすすめします。
―人材育成について最後にメッセージをお願いします
青木 人材の採用や育成において問われるのは、やはり経営者の覚悟です。選択理論の考えでいえば、人は自らの願望を叶(かな)えるために行動します。願望が叶えられる会社でなければ人材は育ちません。企業は社員の自己実現の舞台です。繰り返しになりますが、今ここであらためて経営理念に立ち返り、経営者と従業員が同じ目的に向かえるようになった先に、企業の長期的な繁栄が実現します。
※月刊石垣2020年12月号に掲載された記事です。
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