東日本大震災からの復興の担い手となる東北各地の若手経営者の取り組みと思い描く10年後のビジョンを12回連載で紹介する
東日本大震災で大きな被害を受けた東北の三陸地域。岩手・釜石で漁業を営む濱幸水産は「水産業者がみんなでタッグを組んで、10年後には世界の最先端を走る『水産の東北』にしたい」とビジョンを掲げる。三代目社長の濱川幸三さんに同社の現在と未来を伺った。
世界中で操業するマグロ漁船をコロナが直撃
濱幸水産は遠洋漁業と近海漁業を行う会社で、設立は1960(昭和35)年。現在は主軸のマグロ漁船12隻、他に大型サンマ漁船4隻、トロール船2隻と、合計18隻を保有する漁船の船元だ。
マグロ漁船は北アイルランドから南アフリカまで世界の海が漁場だ。同社の従業員は乗組員も含め330人おり、乗組員のうち約半分が外国人だ。「フロント」と呼ばれる陸上の業務を担うのは17人で、入港先の管理や手配、水産庁関連の報告など船のマネジメントを行っている。
「マグロ漁船は特殊なので拠点となる地域が決まっていて、東北では宮城県気仙沼、岩手県は宮古と釜石。当社の船籍は釜石にありますが、船の修理などは気仙沼で行います」と同社社長の濱川さん。マグロ漁船の水揚げ地も気仙沼や静岡県焼津など地元の釜石以外だという。
北大西洋やアイルランド沖など遠い海域で操業した後は通常、船は現地に停泊させ、乗組員のみ飛行機で帰国する。それらの海域から日本までは、船なら50日間かかるが、飛行機なら2日間だ。
ところが、昨年から続いている新型コロナウイルスの影響が、同社の業務を直撃した。外国ではウイルス対策のため、船が現地の港に入れない。乗組員が下船できず、船を日本に戻さなくてはならないため、時間も燃料費もかかる。その上、国内では外食産業が大きな痛手を受けている。このためマグロが値崩れし、高級なマグロほど安くなった。同社のマグロ売り上げは例年比3~4割も減少した。
「これまでもリーマンショックや原油価格の高騰、そして震災とさまざまなピンチがありましたが、そのたびに乗り越えてきました。コロナも、社員一丸となれば乗り越えられる自信があります」(濱川さん、以下同)。この状況を逆手に取って、いい方向に進めないかと常に考えている。
「企業は人なり」10年後は三陸の水産を世界へ
10年前の東日本大震災時、同社ではマグロ漁船にもトロール船にも被害はなかった。しかし、陸上にある本社や倉庫、気仙沼の営業所などが津波の被害を受けた。本社は天井近くまで波をかぶり、建物は残ったものの、建物内にあった全てが水浸しになった。
通信設備なども被害を受け、船とは1週間ほど連絡が取れなかった。「乗組員たちは、フロント業務の人たちが死亡したのではないかと思っていた」という。
震災後、濱川さんが改めて強く思ったのは「企業は人なり」という言葉。人を大事にしなければ、会社も大事にされない。
「経営者一人の力はたかが知れています。みんなでがれきを撤去し、仮設事務所をつくり、ほとんど一から事業を再開。よく現在の業績まで回復したと思います」
一方、経営者に必要なのは「人事と決断」と濱川さん。特に船元にとって乗組員との関係が重要だ。「船を出してしまえば『任せる』『認める』『ほめる』この三つしかない。どこで魚を捕るか、最も知っているのは乗組員。彼らと何万㎞も離れている経営者は、何があっても任せるしかないのです」
もう一つの「決断」については「強いビジョンと強い意志」だという。その強い意志を持って、濱川さんは震災後、新規事業に着手。2015年から大型サンマ漁船事業を、16年からマグロを主体とした通信販売を開始した。
同社では通販を始めるまで、マグロの販売先は加工業者など企業だけだった。このため「マグロをおいしく食べてもらっているのか、最終的に食べてくれる消費者の顔が見たかった」。
通販については、全くの素人で手探り状態だった。地道に少しずつ販路を拡大していたとき、助けになったのが釜石商工会議所の事業だった。復興支援のシーフードショー出展の後押しや、専門スタッフとして通信販売コンサルタントも派遣してもらった。「運営管理や販売戦略のアドバイスをもらってとても助かりました」
濱川さんに10年後を尋ねたところ、「事業をやるからには大きくしたい。日本一、世界一を目指したい」と力強く答えた。 「漁業、加工、販売まで自社で行う総合的な水産業として、目標は通販の売り上げを現在の3%から50%に、漁船を現在の18隻から30隻に。さらに養殖もやってみたい」
そして10年後の東北については「三陸の水産を世界に売り出し『水産の東北』にしたい。ナショナルマーケットに売り出すには、みんなが集まってタッグを組んだ方がいいですね」。世界の海をまたぐ船元の視野は広い。
わがまちの10年後展望
世界三大漁場が目前の好立地 釜石の水産業を盛り上げたい
釜石魚市場(写真左)は数十年前に比べ、水揚げ高が減少して元気がない。目の前に世界三大漁場があるので、10年後は釜石港から当社漁船の出入港や養殖事業などを行い、地元の水産業を盛り上げたい。
会社データ
社名:濱幸水産株式会社
所在地:岩手県釜石市浜町3-11-2
電話:0193-22-4171
HP:http://hamakou-suisan.co.jp/
代表者:代表取締役社長 濱川 幸三
従業員:330人
※月刊石垣2021年5月号に掲載された記事です。
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