ITの導入は旧来の仕事のやり方を変えることになり、往々にして軋轢(あつれき)が生じる。不動産会社ウチダレック(鳥取県米子市)は、不動産賃貸・管理ツールを開発して属人化していた仕事を〝見える化〟した。当初は社員から反対の声があったが、本来の仕事に集中できる環境をつくり、週休3日制を導入したことにより風向きは大きく変わった。
不動産業界は多くの課題を抱えている
ウチダレックは鳥取県米子市で不動産の賃貸借、売買など不動産事業全般を手掛ける会社。2019年に創業50年を迎えた。IT導入を主導した専務の内田光治さんは16年に大手IT企業を辞め、三代目の後継者として同社に入った。初めて体験する不動産事業は「お客さまとの距離が近く、人生の転換点に立ち会うことのできる素敵な仕事」という印象を受けた一方で、「外部環境、内部環境に課題を抱えていることも分かりました」。
外部環境の課題は中心顧客層(20代、30代)人口の減少である。米子市では05年をピークに減少に転じ、15年間で25%も減ってしまった。「このまま同じようなやり方を続けていては、会社自体が立ち行かなくなるのではないかという危機感を覚えました」
内部環境の課題は、ベテラン社員が新人に仕事を教える習慣がないこと、2~3月の繁忙期には深夜残業が常態化していることなどだった。それらの課題を整理したところ、①経営理念の独自解釈(自分の仕事がしやすくなるように勝手に解釈)②業務の属人化③それらにひも付く権限の固定化の三つに集約できた。三つの課題をどのように解決し、社内を改革していけばいいのか。
内田さんは不動産業同様に遅れているといわれる宿泊業界で改革に成功した2社に注目した。1社は鶴巻温泉(神奈川県秦野市)の「元湯 陣屋」だ。セールスフォース・ドットコムが提供するクラウドベースの顧客管理(CRM)システム「Salesforce」を活用してアプリを独自開発、業績のⅤ字回復と週休3日制導入を実現した。もう1社は星野リゾートで、経営におけるフラットとマルチタスクという概念を打ち出していた。「フラットとは社員に情報提供できる基盤をつくることで、正しく考え、決断ができるようにすること。マルチタスクは業務のプロセスを見える化することで、一人の社員が複数の仕事をできるようにすることです」
内田さんは三つの課題を解決するためには、それぞれ①業務プロセスの標準化②業務プロセスの定量化③業務の仕組み化が必要で、解決策は①マルチタスク②人事評価③週休3日制という施策にあり、施策を実行するためには、クラウドのCRM導入が不可欠と結論づけた。しかし、この時点の内田さんは不動産業務のことは何も知らず、「全ての業務を自分で体験して、業務標準をつくる作業に取りかかりました。いわばベテラン社員のブラックボックスを開けていく作業です」。
その結果起こったことは、現状を変えたくないというベテラン社員の激しい抵抗だった。社員数はほぼ半減したが、内田さんは二つのフェーズからなる改革プランを構築して改革を推進していった。
フェーズ1は営業プロセスの分析基盤をつくり、リアルタイムな情報を経営戦略に生かし、属人化していた営業のノウハウを会社の資産として、誰でも活用できるようにすることである。フェーズ2は業務プロセス自体を基幹システムに落とし込むことで行動に再現性を持たせ、特定の人に頼らない仕組みを構築することである。
フェーズ1、フェーズ2を実現するため、内田さんはプログラミングの経験がなくてもカスタマイズが容易で、セキュリティーが強固なSalesforceプラットフォームを用いて、自社の業務内容に合ったアプリ「カクシンクラウド」の開発を決意する。既に導入していた基幹システムは、ITベンダー目線で開発されたため不動産業の実務に合わない部分が多く、社員の雑用を増やす一因になっていた。新たに導入した「カクシンクラウド」には、来店→申し込み→契約→入居→入居中→退去→原状回復という不動産業務をクラウド上にマネジメントできる機能を持たせることができ、1人の社内エンジニアと試用と改善を繰り返し完成形に近づけていった。
売上利益の向上とコスト削減離職率ほぼゼロを実現
その結果、「この業務はあの人しか分からない」という状況がなくなり、マルチタスクが実現した。休みが取得しやすくなり、週休3日制が可能になった。人事評価では歩合給を廃止、売れる仕組みをつくった社員を高く評価する制度に変えた。また、雑用がほぼなくなり、「社員は現地で部屋を確認して、お客さまに自信を持って紹介するという本来の仕事に集中できるようになりました」。
結果は数字に表れた。1人当たりの営業利益は2・5倍、経費削減率は40%に達し、働きやすい職場に変わったことで離職率は3%に激減。採用力も高まり、他社と競合しても勝てるようになった。
改革5年目を迎えた内田さんが得た教訓は、①経営者が主導できる中小企業はIT導入がしやすい②IT導入責任者は業務の全体像が分かっている人がよい③社内の反発を抑えるには社員の目に見えるような結果を早期に出すこと④今ある業務をそのままITに入れるのではなく、標準化されたプロセスをITに組み込むことだと言う。
内田さんは19年11月、別会社を立ち上げて同業他社に対して「カクシンクラウド」の販売を始めた。自社のキラーシステムを公開したのは、不動産業界全体のイメージアップを願ってのことだ。また、同じ志を持つ企業とのセミナーを開催する計画もある。そこには、日本の中小企業を元気にしたいという思いが込められている。
会社データ
社名:株式会社ウチダレック
所在地:鳥取県米子市新開6丁目3番9号
電話:0859-33-4748
代表者:内田良一 代表取締役
従業員:25人
※月刊石垣2021年5月号に掲載された記事です。
最新号を紙面で読める!