鹿児島県鹿児島市
航海に正確な地図と羅針盤が必要なように、地域づくりに客観的なデータが欠かせない。今回は、薩摩藩の城下町として栄え、南九州の中心都市として発展してきた「鹿児島市」について、まちの羅針盤(地域づくりの方向性)を検討したい。
実はコンパクトな都市
鹿児島県といえば桜島に代表される雄大な自然に加え、豊かな農林水産物が思い浮かぶだろう。ただ、県庁所在地である鹿児島市には県民の4割が住み、人口密度(可住地面積1平方キロメートル当たり)は2千人を超える。平地は乏しいが、その分、市街地はコンパクトで活気がある。GRP(域内総生産)の9割が第3次産業で、中心都市としての拠点性を背景にサービス業が集積してにぎわいを生み出し、それがまた拠点性を高めている構造だ。ただ、「保健・衛生事業」(介護や医療)、「小売業」など労働集約的な産業の集積が先行しており、そのにぎやかさに比べ、拠点性の高さが地域の付加価値に結び付いていない現状がある。
地域経済循環(2015年)を見ても、拠点性を背景に、財政移転および観光など民間消費流入で域外から約4千億円もの所得を獲得しているが、集積している産業が限られているため、地域で販売されている商品・サービスの多くを域外からの移輸入に頼っており、域際収支(地域の貿易収支など)が2千億円を超えるマイナス(所得流出)となっている。また、将来の生産性向上の基盤となる民間投資が大幅な流出超過であることも留意が必要だ。域内に大規模な製造拠点がないからでもあろうが、サービス業の付加価値拡大に向けた投資がおろそかになっている可能性がある。
住民1人当たり所得が361万円で1719市町村中第1504位にとどまっているが、域外からの多額の所得流入を地域の高付加価値化に結び付けてこなかったため、労働集約的な産業ばかりが残り、結果、巨額の域際赤字が生まれて付加価値創出力が妨げられるという負のスパイラルが生まれているようにも見える。
この循環を正のスパイラルに変えるためには、全国平均の8割以下に低迷している従業者1人当たり付加価値額を底上げしていく努力が必要であろう。
観光を切り口に
そのためには、地域経済に与える影響度が高い「宿泊・飲食サービス業」の活性化を通じた観光への取り組みが重要だ。「国の光(良いところ)を観察する」といわれる語源のとおり、歴史や文化、風習までを含む地域資源に光を当て、ブランド化し、付加価値を積み上げていくことが求められる。
幸い、鹿児島市の宿泊・飲食サービス業は域外から所得を獲得しており、競争力がある。同業の従業者1人当たり付加価値額は全国平均の9割弱にとどまるが、その分、改善の余地がある。また、同市に集まる食材や地域産品を高付加価値化できれば、鹿児島県全体の地域経済底上げにもつながるであろう。
コロナ禍で宿泊・飲食サービス業は厳しい状況にあるが、地域を挙げてブランド構築に取り組むことで、地域資源に対する住民の理解が深まり、新たな顧客となることも期待できるのではないか。
カツオやフカヒレで有名な岩手県気仙沼市では、地元でなじみ深い食材のメカジキに光を当て、市や商工会議所などによる公的団体が情報発信するなどで地域ブランド化に注力する一方、個別事業者は切磋琢磨しながらメカジキを使用した商品開発に励んでいる。地域の資源を有効に活用しようとしている点でローカルファーストであり、官民で協働しながら地域を挙げてブランド構築に取り組んでいる好事例だ。
鹿児島市の将来は、安さ以外の価値を地域資源に見いだし、域内消費をつなぎ留めるとともに、それをもって観光など域外からの需要を獲得できるかどうかにかかっている。
地域企業が地域資源に付加価値を付けて提供できるよう、地域を挙げてローカルファーストに取り組むこと、これが鹿児島市のまちの羅針盤である。 (株式会社日本経済研究所地域本部副本部長・鵜殿裕)
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