本誌では昨年5月号より連載企画として10回にわたり、被災地の復興および地域振興へ向けた東北各地の若手経営者の取り組みを追ってきた。2011年3月11日に起きた東日本大震災から11年。今月号では、逆境を乗り越えようと奮闘している宮城・福島両県の若手経営者が描く〝東北ビジョン〟として新たに4社を取り上げる。
海の遊びや地域の食材を活用し松川浦と観光客を結び付けるガイド役に
亀屋旅館は、福島県相馬市の太平洋岸、潟湖(せきこ)の松川浦を望むところにある。震災後の5年間は、復旧・復興工事で作業をする人たちの宿泊施設として利用されたが、それが終わると、観光客向けに戻していく必要があった。風評被害の影響もあり、なかなか客足は戻らないこの地のために、亀屋旅館の主人で「松川浦ガイドの会」の会長も務める久田浩之さんは、松川浦を活用した観光客向けプランを企画していった。
カニ釣りを観光客向けに開発
「震災前までは、近くに火力発電所があることから、その関連のお仕事の人たちや、大学生の合宿、帰省で相馬に戻ってきた人々が主な宿泊客でした。震災の後5年間は復興特需がありましたが、その後しばらくは客足が減ったままでした」と、亀屋旅館の久田浩之さんは振り返る。そこで、専門の板前を入れて海鮮料理に力を入れると、少しずつ客足も戻るようになっていった。
「亀屋旅館の創業は古く、私の曽祖父が始め、当初は『半農半営』で夏の間だけ旅館を営業、春はアサリ、冬はノリの養殖で生計を立てていました。その後、ノリの価格が暴落したのを機に旅館業に専念するようになり、今に至っています」
旅館の目の前にある松川浦は、砂州によって海と隔てられた潟湖で、南北に5㎞・東西に3㎞の入り江は、北側の幅約80mの水路部分だけが海とつながっている。風光明媚(めいび)な地域で、日本百景の一つにも選ばれている。震災以前は、それを目当てにした観光客も多かった。
復興特需のころ、環境省の人材育成事業で、自分たちの地域を紹介するガイドを育てるプログラムがあった。久田さんは地域の旅館組合の人たちとともに参加してガイドについて3年間勉強した。それが終わると「松川浦ガイドの会」を結成し、自分たちで地域ガイドを始めた。しかし、復興特需の最中で本業が忙しかったこともあり、次第に活動は尻すぼみとなり、誰もやらなくなっていった。
子どものころの遊びをそのままエコツアーの商品に
「特需が終わった後、このままガイドをやらないでいるのはもったいないと思い、自分一人でできるガイドがないかと考えていたのです。近くの磯でカニ釣りのガイドを始めました。これならほかの誰にも迷惑が掛からないし、これで旅館の名前が知られるようになればと思い、2年ほど続けました」
東北デスティネーションキャンペーン(2021年に行われた大型の観光キャンペーン)が開催された。「関連して市の観光協会からお話をいただき、補助金を受けてエコツアーに取り組みました。それに合わせて、以前とは別のメンバー3人と松川浦ガイドの会を復活させました。それが19年、コロナ禍が起こる前のことでした」
それからは地域ガイドの専門家も交え、意見交換をしたりアドバイスを受けたりしながら、カニ釣り以外のツアーを考えていった。
「ほとんど雑談でしたが、専門家の先生から、それは面白いね、それはやった方がいいよと。子どものころに遊んでいたものがほとんどで、自分たちとしてはこんなのがツアー商品になるの?という感じだったのですが、やってみることにしました」
そのようにして、次の七つがエコツアーのプランとなった。
①カニ釣り:人工磯でヒモにエサを付けてカニを釣り上げる。
②ナイトフィッシュキャッチ:夜になって岸壁に寄ってくる小魚やエビ、カニを網で捕る。捕まえたエビは揚げて食べると絶品。
③干潟探検:干潟に住む小さな生き物を掘り出して観察。
④竹竿(さお)づくりと笹(ささ)浸し漁:竹でつくった竿でハゼ釣り。釣ったハゼは天ぷらに。余った笹は束ねて海に沈め、しばらくして引き揚げると、笹の中に小魚やエビ、タツノオトシゴなどが隠れている。
⑤ムーンロードカフェ:夜に海岸でコーヒーを飲みながら、満天の星空の下、水平線上に出る月と海面にできる月光の道を眺める。
⑥浜焼き体験:震災前までは地域の名物だった、海産物を炭火で焼いて食べる浜焼きを味わう。
⑦松川浦歴史探訪:松川浦の自然や塩づくりの歴史などを、古地図を見ながら巡る。
自分たちのファンをつくりリピーターを増やしていく
「最初はカニ釣りとナイトフィッシュキャッチから始めて、徐々に増やしていきました。このうちのムーンロードカフェは、泊まりに来ていた東京の大学生たちから言われて始めたものです。星空なんて当たり前のものだったので、自分たちではその良さに気付きませんでした」と久田さんは笑う。
この中で最近始めたのが浜焼きだ。もともと松川浦の名物だったが、震災以降はやらなくなっていた。それを10年ぶりに復活させた。昨年夏に試験的に始めてつくり方などを確認し、11月にイベントとして販売したところ、地元の人たちが予想以上に集まり、懐かしい味に舌鼓を打った。
「その後、浜焼き体験としてエコツアーに組み込みました。これまで冬場にできるプランがありませんでしたし、テレビ番組でも取り上げられたので、今後が楽しみです」と久田さんは笑顔を見せる。
エコツアーが集客力アップにつながるかは、コロナ禍ということもありまだ未知数だが、それでも続けていくことに意味はある。
「今はエコツアーで松川浦ガイドのファンをつくり、リピーターを増やしていければと思っています。もう一つは、海で遊んだことがない子どもが増えてきているので、海での遊び方も教えていきたい。観光の形も今は変わってきていて、ガイドブックを見ながらではなく、行った先で地元の人と仲良くなって、おいしい店や知られざるスポットを紹介してもらうというスタイルになってきています。そういったお客さんと松川浦をつなぐ役割を、ガイドが務めていきたいですね」
漁獲量の制限が続いている福島県の漁業の本格操業が再開されれば、地物の魚介類を提供する観光業がさらに活気づくことは間違いない。その日が来るまで、久田さんを含めた松川浦ガイドの会は、松川浦の魅力を観光客に広く伝える努力を続けていく。
会社データ
社名:亀屋旅館(かめやりょかん)
所在地:福島県相馬市尾浜字船越129
電話:0244-38-8153
代表者:久田浩之 代表
従業員:3人(家族経営)
【相馬商工会議所】
※月刊石垣2022年3月号に掲載された記事です。
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