高知県を代表する酒造メーカー、酔鯨酒造は、1872年創業の酒蔵を継承し、1972年に改組して銘酒「酔鯨」を生み出した。創業者が祖父にあたる四代目の大倉広邦さんは、低迷する清酒市場、酔鯨の酒づくりを憂慮して想定外だった事業承継を決意。約10年で売り上げは倍増し、世界を視野に挑戦し続ける。
創業者の血を継ぐ者として継承者外からまさかの抜擢
高知県を代表する景勝地、桂浜からほど近い高知市長浜で、酔鯨酒造は1969年から酒づくりを営んでいる。創業1872(明治5)年の石野酒造という小さな酒蔵から譲渡の申し出を受け、事業を引き継いだのが酔鯨酒造の創業者の窪添竜温(くぼぞえたつはる)さんだ。窪添さんは酒づくりは全くの素人。だが、戦後旧陸軍のパイロットの生き残りとして高知に帰省した窪添さんは、おいしい酒で戦友らを弔いたいと酒づくりに専念した。「酔鯨」の名は、酒豪で知られる土佐藩主の山内容堂(やまうちようどう)の雅号「鯨海酔侯」からとったもので、食事と共に楽しめる純米吟醸酒に注力し、「酔鯨」ブランドを確立していった。
創業者を祖父に持つ四代目代表取締役社長の大倉広邦さんは、酒といえば酔鯨という環境下で育った。学生時代には酒屋やワイン専門店でアルバイトをし、夏休みには酔鯨酒造を手伝った。2002年には大手ビール会社に入社し、まるで事業承継が前提の就職だったかのようにも見えるが、大倉さんはそうではないと言う。
「祖父といっても母方ですし、祖父亡き後は親戚が経営していました」
継承者候補に名が挙がったことはなく、大倉さんも第一志望のメーカーに就職して、仕事にやりがいを感じていた。それから約10年が過ぎたころ、事業承継の話が持ち上がった。
「酔鯨酒造は同族である食品卸売業の旭食品に属していて、当時は薄利多売の販路路線。量販店に出店するほどに専門店は離れ、価格を下げれば品質も下がる価格競争に巻き込まれていました。小売店の商品管理も徹底しておらず、本来の酔鯨の味を知る者としては残念な状況ではありましたね」
旭食品の社長を務めていたはとこも思いは同じだった。酔鯨酒造再建に向けて経営陣を説得し、創業者の血縁者に託すならと話がまとまって大倉さんに白羽の矢が立ったのだ。祖父を慕い、祖父の酒に親しんできた大倉さんは、はとこの熱意に、ついに決意する。大手ビール会社を退職し、13年、酔鯨酒造に入社した。
四つの改革を同時に進め意識や仕組みを一新
入社してみると、事態は予想以上に深刻だった。大手卸の親会社に依存した販路、生産設備の老朽化、ブランドや商品戦略もなければ従業員の士気もない。清酒市場も国内の日本酒離れは著しく、売れるのは紙パックの安価な酒ばかり。売り上げはワインに抜かれるほど衰退していた。
そこで、大倉さんは「意識」と「仕組み」を同時に変えないと結果が出ないと大胆な社内改革に踏み切り、①営業体制、②生産体制、③企業風土、④リブランディングの四つの改革を同時に進めていく。大倉さん自ら全国を回って在庫消化と専門店との関係性の再構築を図り、酔鯨のラインナップとデザインの見直し、人事制度の刷新を断行した。
「入社直後から『世界の食卓に酔鯨を!』をビジョンとする経営理念・SUIGEI POLICYを従業員と共有していきました。商品ラベルを漢字からマークに変えた際には、最終チェック時に無断で元の漢字に戻されるなど、いろいろありました」と苦笑する。
だが孤軍奮闘ではなく、親会社のはとこの存在によって、改革は紆余曲折しながらも進んだ。
日本酒を知らない層にも積極的にアプローチ
大倉さんは、2016年に35歳で四代目に就任すると、さらに他の酒蔵との差別化、新たなファン層の取り込み、海外市場開拓にも力を入れていく。
「国内人口は減少傾向にあるとはいえ、おいしい日本酒にまだ出合っていない人は多く、伸び代はあります。それに加え、ラベルをマーク化したのは漢字が読めない海外の人にも手に取ってもらうための戦略なんです」と大倉さん。手ごろな純米酒から特別な日のための最高級の純米大吟醸まで幅広く取りそろえる酔鯨を、もっと知ってもらおうと、東京湾クルージングや大使館などで音楽や料理と絡めたイベントを企画した。また、ユニクロとコラボしたTシャツをつくるなど、ユニークな発想で酔鯨を世の中に広めた。
「前職の経験やネットワークをフルに活用しました。何よりも祖父が目指した品質重視の酒づくりを踏襲して、食事に合う穏やかな香りと後味のキレがいい日本酒を追求しました」(大倉さん)
18年には最新設備を備えた新蔵「土佐蔵」を竣工し、19年には全国特約店制度を実施した。厳選した小売店をハイブランド品の販売を認可した特約店とし、店と酒の〝質〟も担保するなど、ブランド強化に努めた。大倉さんが入社して9年、売り上げは約2倍の11億円超に達し、特約店は約300店を数える。
「海外は米国ニューヨークやアジアから広げています。日本酒を日本の文化、持続可能な産業へと発展させるべく、『Enjoy SAKE Life』を合言葉に、高知から国内外へ発信し続けます」
会社データ
社名 : 酔鯨酒造株式会社(すいげいしゅぞう)
所在地 : 高知県高知市長浜566-1
電話 : 088-841-4080
代表者 : 大倉広邦 代表取締役社長
従業員 : 55人
【高知商工会議所】
※月刊石垣2022年11月号に掲載された記事です。
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