今年2月下旬、国内外の有力企業と政府関係機関の協力で設立されたラピダスは、北海道千歳市に工場を建設すると表明した。投資規模は5兆円に達する見込みだ。最近、半導体の重要性が高まっていることもあり、ラピダスのプロジェクトはわが国半導体産業の復権をかけた重要なものといえる。今回の案件が成功すれば、わが国の経済の低迷に歯止めが掛かることも期待できるかもしれない。期待はかなり膨らんでいる。
経済、社会、環境、安全保障など、近年さまざまな分野で半導体の役割は高まっている。半導体製造能力は、国際社会での発言力などにも影響を与え始めている。昨年12月、TSMC(台湾積体電路製造)は、回路線幅3ナノメートルの最先端ロジック半導体の量産を開始した。同社の技術面での開発は、今のところかなり順調に進んでいる。同社は、わが国の熊本県に半導体工場を建設している。また、TSMCはドイツでも工場建設を検討している。台湾から日米欧などへ、世界の半導体産業の地殻変動は一気に加速している。
一方、半導体の製造装置、シリコンウエハーや感光材であるレジストなど半導体関連部材分野では、わが国企業は競争力を保っている。特定の分野では、世界的に高いシェアを持つ。そうした技術を結合し、ラピダスは次世代の回路線幅2ナノメートルのロジック半導体の製造、封止技術などを実現しようとしている。それは、わが国半導体産業の復権を目指すことにつながる。そうした産業基盤を生かして、わが国の半導体産業の復活を目指す動きが、まさにラピダスプロジェクトなのである。
同プロジェクトに関する注目点は、いかに早く、着実に最先端の半導体の製造を実現することができるかだ。業界内での競争が激化しているため、先進の製品をつくっても、ライバル企業はすでに先へ行っていることも考えられる。それだけ時間軸が重要だ。近年、TSMCは加速度的に微細化を進め、高付加価値のチップ供給体制を敷いてきた。それに対して、わが国にはTSMC、サムスン電子(韓国)、SMIC(中国)などに肩を並べるロジック半導体メーカーはない。重要なポイントは、わが国産業界の覚悟=コミットメントだ。足元ではメモリーを中心に世界の半導体市況は悪化している。有力半導体メーカーも先行きの収益に関して慎重な見通しを示した。そうした半導体産業の環境変化は、ラピダスが先端分野の製造技術面でのキャッチアップを加速する重要な機会になり得る。
また、IT先端分野では、言語型AIの利用増加という新しい成長期待も高まり始めた。一つの象徴は、米オープンAIが開発した"チャットGPT"の急速な利用者増加だ。マイクロソフトなどの有力プラットフォーマーも、さまざまな課題がある中で、言語型AIサービスの運営体制を強化している。これらの需要を取り込むために、有力半導体設計会社もAIに対応したチップの設計・開発体制を強めている。そうした展開が予想される中、ラピダスは半導体の設計、開発に取り組む米IBMや、国内の半導体装置メーカーや部材メーカーとの連携をさらに強化することが必要になるはずだ。それに加えて、民間企業のリスク負担を軽減するために政府の支援強化も不可欠だ。今回のプロジェクトは期待通りの成果をもたらすことができれば、世界経済におけるわが国の存在感に決定的インパクトを与えることも考えられる。
これまで、わが国の政府関与の大型プロジェクトは、ややもすると意思決定に多くの時間を取られることも多かった。また、決められた決定事項があまりに"玉虫色"で、現実から乖離することもあった。わが国の経済にとって、そうした時間を過ごしている余裕はすでにないはずだ。当該分野を熟知した専門家の意見を十分に反映させた、復活への道程を迅速に歩むことが最も重要だ。同プロジェクトの関係者が危機感を共有して、「わが国半導体産業の復活」という一つの目標にまい進すればよい。(3月10日執筆)
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