航海に正確な地図と羅針盤が必要なように、地域づくりに客観的なデータは欠かせない。今回は、大分県北部の中核都市で、福沢諭吉の出身地として、また「からあげの聖地」としても知られる中津市について、まちの羅針盤(地域づくりの方向性)を検討したい。
極めて豊かな地方都市
中津市は、日本新三景の一つ・耶馬渓を有する山間部(南部)と、中津平野を中心とする北部で構成される。北部にはまた、黒田官兵衛が築城した中津城の城下町の面影が残り、周防灘沿岸部には、ダイハツ九州など大規模工場が集積し、第1次産品・歴史的まち並み・特色ある自然景観・強みがあるものづくりなど、多くの地域でブランド化の素材とされている資源がほぼ全てそろう。
また、人口全体は減少傾向も、2010年の15~19歳人口が3892人だったところ、5年後(15年の20~24歳)は3412人に減るも、10年後(20年の25~29歳)には3944人と、若年層はむしろ増えている、非常に恵まれた地域だ。
しかしながら、労働生産性は795万円と1711市区町村中第698位、住民1人当たり所得は410万円と同第1191位にとどまり、環境の豊かさに比べ、見劣り感は否めない。その要因は何か、生産→分配→支出と循環する所得の流れを示す地域経済循環図(2020年)から探ってみたい。
中津市の地域経済循環は、工場などが多いため域外本社への利益移転等が生じるも、それを上回る財政移転等があり、「分配」段階で所得が流入している。加えて、耶馬渓を中心に数多くの来訪者があり、「支出」段階でも民間消費額が流入するなど、旺盛な消費需要が生じていることが分かる。一方で、集まる多様な消費需要に対し、地域の提供力が追い付いていない。その他支出の域際収支は▲240億円もの赤字(所得流出)で、その大半を占める移輸出入収支額は、第1次産業は21億円、第2次産業は244億円の黒字(移輸出超過)ながら、第3次産業が▲639億円もの赤字(移輸入超過)だ。
装置産業が主流の第2次産業とは違い、第3次産業は人的資本があれば起業・創業は可能であり、域内事業者を育成できるようにも感じられる。しかも、市場自体は3千億円近い規模がある。にもかかわらず赤字の理由は、豊富な地域資源を活用しようとしていない、または持て余している、もしくはその両方であろう。
若者がビジネスをしたくなるように
これまでは、地域資源に総意工夫を加える事業者や人材を育てる必要がなかったかもしれない(この点は労働参加率の低さにも通じる)。しかしながら、コロナ禍後も滞在人口が減少している現状は、地域の魅力を十分に提示できていない、磨き上げが不足していることを示している(5月の休日の滞在人口が、コロナ禍前の2019年:6万8841人→コロナ禍の22年:6万5887人→移動自粛が緩和した23年:6万4981人と減少)。かかる状況が続くようだと交流人口が減り、若者が帰りたくなる魅力が相対的に落ちていく可能性が高い。
対策の一つは、若者による地域ブランド構築の取り組み促進であろう。「中津からあげ」のような地域資源の磨き上げに、若者が取り組みたくなる環境を整えることで、域内外からヒト・モノ・カネを呼び込む挑戦を促すことだ。
ただし、地場産品を活用した商品開発だけが地域ブランドではない。公有資産の有効活用などのPPP/PFI(官民連携)や、ビジネス手法を活用した社会的課題の解決などによって新たなビジネスチャンスを生み出し続けることこそが地域ブランドの構築につながり、またシビックプライド(地域への誇りと愛着)の醸成にも寄与するであろう。 目の前の豊かさに惑わされることなく、地道かつ継続的なスタートアップ支援などで若者がビジネスをしたくなるまちづくり・環境整備を進めていくこと、それが中津市のまちの羅針盤である。
(株式会社日本経済研究所上席研究主幹・鵜殿裕)
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